フェデロフが1916年開発した軽量オートマチックライフルは,のちのアサルト・ライフルに非常に近いコンセプトを持って作られていた。
 6.5mmという小口径に加えてバーチカルグリップが付いて撃ちやすく、フルオートマチックによる面的制圧も可能である。しかしせっかくの新しい歩兵銃コンセプトは,ロシア革命後の新たな権力者により理解されることなく,葬り去られてしまった。当時のソビエトでは,そんな低威力のものより,軽機関銃として使えるものが望まれたのだ。
 ほぼ同時期,ドイツはサブマシンガンを開発する。MP18だ。ピストル弾を使用する軽量機関銃は至近距離に限定して高い戦闘能力を発揮することを目指したものだ。
 やがて戦闘の形態は大きく変わる。長距離から銃撃し合うのではなく,機動力を生かして接近し、対峙距離は大幅に短くなった。正確に狙い1発を放つのではなく,連続射撃による面的制圧が有効な戦闘手段となる。ピストル弾では十分ではない。しかしフルロードのライフル弾を使うのでは連続射撃は困難だ。そこで生まれたものが MP43、7.92mm Kruz(短小弾)だ。
 第2次大戦終了後,新しい歩兵銃としてKruzを研究した国は,フランス,スイス,スペイン,ロシア,そして異なるアプローチとして280という小口径弾を開発したイギリス。アメリカはすでにピストル弾を延長した30カービンという短小弾を使用していた。
 しかし第二次大戦後,いち早く7.62mm×39という新時代のアサルトライフル弾を開発,採用したのはソビエトだった。そしてアメリカはsolutionに近いものをすでに持っていながら,NATO諸国を巻き込んで,まったく逆の方向に突き進んでいった。
 講習会では,なぜソビエトは正しいアサルト・ライフルの形にいち早く気づいたのか、なぜアメリカはフルロード弾に固執して間違いを犯したのかを詳しく解説する。
 このアメリカの過ちは西側諸国の歩兵装備を, 時代錯誤的なものとしてしまい,その影響はその後,約20年にも及んだ。一方、アメリカはベトナム戦争の渦中,新たに高速軽量弾を使うアサルト・ライフルを登場させる。
 新世代の歩兵ライフルのあるべき姿を正しく理解して採用したのではない。理解しないまま偶然にも正解にたどり着いた結果だ。そしてそれはワルシャワ・パクトのアサルト・ライフルを越える理想的なものとなった。
 講習会は,1917年から今日に至るアサルト・ライフルの発展史を解き明かし,各国がそれぞれの時代に開発した様々なアサルト・ライフルについて紹介する。
 今後,アサルトライフルがどのように発展するかについては,過去の開発計画SPIWの失敗例を踏まえつつ,OICW,ランドウォーリア計画等分析しながら,近未来のアサルトライフルの姿を予測する。
 約3時間45分はそれらすべてを述べるには時間的にあまりにも短い。しかし受講される方々にとってアサルト・ライフルというものを、より理解して頂くための有益な時間となるはずだ。

          床井雅美講習会2003 “アサルト・ライフルの世紀” ご案内

June 14, 2003
Copyright (C) 2003 by Satoshi Maoka

△ up