Walther OSP .22Short, GSP .22LR, GSP-C .32&W Long Wadcutter フルセット
1929年発売したワルサーPPと,1931年発売のショート・バージョンPPKは,その画期的なダブルアクション・トリガーとセフティメカニズムから,ナチ党の標準ピストルに採用された。ドイツ,ツェラ・メリス地方の中小型ピストルメーカーであったワルサー社はこれをきっかけに一気に大メーカーへ躍進する。
1933年,ナチ党が政権を獲得,1936年にドイツは再軍備宣言を行い,ヨーロッパは再び戦争に向かって転がり始めた。ワルサー社もその波の中で,軍需産業へ変貌を遂げて行く。
当初はワルサーPPをベースに9mmパラベラム化が図られたが,そこに限界を見たワルサー社はショート・リコイルメカニズムを組み込んだ新規設計の大型セミ・オートマチック・ピストル,ワルサーHP(ヘーレス・ピストーレ)をリリースする。1939年,ワルサーHPはP38としてドイツ軍の制式ピストルとなった。
ワルサー社は更に,セミ・オートマチック・ライフルG41(w), G43を開発,そしてアサルト・ライフルMkb42(w)をもドイツ軍に供給した。ナチス・ドイツを支える軍事産業のひとつがワルサー社であったわけだ。
1945年,ドイツ降伏。ワルサー社の社主であったフリッツ・ワルサーはどんな思いでその日を迎えたのだろうか。1000年続くとヒトラーが豪語したナチ第三帝国が,たった12年で滅んだのである。
ワルサー社のあったツェラ・メリス地方はアメリカ軍とフランス軍が侵攻した。しかし,戦勝国による占領行政の取り決めにより,そこはソビエト占領地区となってしまう。フリッツ・ワルサーとその一族,および一部の側近はこの地を脱出し,アメリカ占領地区であるハイデンハイムに逃れる。その際,ワルサーピストルの設計図面を持ち出し,西側諸国でパテント申請まで行なっている。
なぜフリッツ・ワルサーは首尾よくソビエト地区から逃れることが出来たのだろうか。どの文献もその事に触れていない。どうも不自然だ。ナチス・ドイツを支えた軍需産業の長であるなら,占領が始まった段階で占領軍の監視下に置かれたことは想像に難くない。何者かが手引きして,フリッツ・ワルサーをハイデンハイムに逃れさせたのではないか,と考えた方が自然だ。
歴史を語るとき,“もし”という言葉はあまり意味がない。しかし,もしフリッツ・ワルサーがソビエト占領地区に残っていたとしたら,彼とワルサー社の運命はどうなっていただろうか。ワルサー社は消滅,または国有化され,KPD(共産党)の管理下におかれたであろう。フリッツ・ワルサーはナチスへの協力者として追及され,すべてを失い,銃器史上から姿を消したかもしれない。あるいは,銃器設計者としての手腕を買われ,ソビエトおよびワルシャワ条約機構の新型軍用ピストルの設計をマカロフと競い合ったかもしれない。自由市場の存在しない共産圏だから,もしマカロフとのコンペティションに敗れたなら,ミリタリー・ピストルとしてのワルサーの名は,やはり過去のものとなっていたかもしれない。
しかし,ワルサー社には,もう1つの側面があった。競技用ピストル・メーカーとしての顔である。
フリッツ・ワルサーは射撃スポーツが好きで,1930年代,射撃競技用スポーツ・ピストルも開発していた。1932年のロサンゼルス・オリンピック用に開発されたワルサー・オートマチック・スポート・ピストル,そして1936年のベルリン・オリンピックに向けて作られたオリンピア・ピストルである。もし共産圏にワルサーが生きていたとしても,スポーツ用ピストルを供給することは可能であっただろう。もっともナチ協力者として,処刑されなければの話だが。
幸いにも,アメリカ占領地区に移ったワルサーは1950年,ウルムに会社を再建する。カール・ワルサーGmbHスポーツバッフェンファブリクである。軍用小火器メーカーとしてのカラーを排し,スポーツ用銃器メーカーとしての再出発という思惑がその社名に現れている。しかし実際には,スポーツ銃の専業となったわけではなく,その後,ミリタリーピストルやSMG, さらにスナイパー・ライフルも製造することになる。しかし当時のドイツは,装薬銃の製造はまだ認められなかった。
ワルサーはスイスのヘンメリーと契約し,戦前のワルサー・オリンピア・ピストルをヘンメリーで製造することにした。ヘンメリー・ワルサー・オリンピア・ピストルはM200からM205までバリエーションがある。基本的には1936年から1940年に作られたオリンピア・ピストルと同じものだ。
1958年,ワルサーはデザインを一新したモデルOSPを開発した。それまでのオリンピア・ピストルは,グリップフレーム内にマガジンを置き,バレル上にフロントサイト,激しく前後に動くスライド上にリアサイトを配した当時の一般的なターゲット・ピストルの形態を持っていた。コルト・ウッズマンやハイ・スタンダード・ピストル等と基本的には同じである。しかしワルサーは,OSPでこれまでのデザインをドラスティックに変え,ラピッド・ファイア・ピストル競技で勝利を収めるデザインを具現化している。

Walther OSP .22short --GSP .22LR ---GSP-C .32S&W Long WC
Overall length : 292mm ---------292mm ------------292mm
Overall width : --50mm ----------50mm -------------50mm
Overall height : 150mm ---------150mm ------------150mm
Length of sight base : 249mm----- 220mm -----------220mm
Length of barrel : 108mm ---------107mm -----------107mm
Weight appox. : 1,120g -----------1,180g -----------1,280g
Magazine capacity : 5 ---------------5---------------- 5
Trigger weight : 100-200g -----1,000g & 1,360g -------1,360g

ラピッド・ファイア・ピストル(Rapid fire pistol)及び,25mセンター・ファイア・ピストル競技で用いることが出来る銃のスペックを簡単に述べてみよう。
ラピッド・ファイア・ピストルは22口径リムファイア弾を使用することが求められている。弾頭は鉛,もしくはそれに近い軟らかいもので,ジャケット弾は認められない。
センター・ファイア・ピストルは口径7.62mm〜9.65mm(.30〜38)のセンターファイアピストル弾を用いる。安全上の理由からマグナム弾の使用は認められない。もっともリコイルが大きいことはこの競技では明らかに不利であるため,マグナムを使う理由はない。
アンロード,空マガジン付きの状態で,ラピッド・ファイア・ピストルの銃は重量は1,260g以下,トリガープルに関してラピッド・ファイア・ピストルに規定はない。25mセンター・ファイア・ピストルは重量1,400g以下,トリガープル1,360g以上であること。
ラピッド・ファイア・ピストルの銃身部(ブリーチフェイスからマズル先端部まで)は,フロントサイト及び銃身部に取り付けるすべてのアタッチメントを含めて,その高さ(銃身部の高さ)は4cm以内であること。これにはトリガー,及びトリガーガードは含めない。
ラピッド・ファイア・ピストルは手の甲までカバーするグリップも使用することが可能だ。
装弾数は5発である。5発以上装填出来る銃でも5発を超えて装填することは認められない。
サイトは金属照準器のみで,レーザー,オプティカルサイト,ドットサイト等は使用出来ない。マズルブレーキ,コンペンセンターの利用は可だ。
標的は10点から5点までのブルズアイ型。10点リングは直径100mm(±0.4mm),9点リング180mm(±0.6mm),8点リング260mm(±1.0.mm)7点リング340mm(±1.0mm)6点リング420mm(±1.0mm)5点リング500mm(±1.0mm)。すべてが黒点だ。4点圏以下は無い。標的自体は巾550mm,高さ520mm〜550mm。競技は5個の標的を撃つ。
射撃距離は25m,スタンバイの状態は,シューティング・ラインに銃を手に持って立つわけだが,体から銃を持つ腕を45度以内の位置に下ろして待機していなければならない。競技は5発1シリーズとして, 6シリーズ30発を1回のステージとする。これを2ステージ, 合計60発で競われる。
各ステージ開始前に5発の試射が認められている。
1つのステージは,5つの標的が8秒間正面を向き5発撃つシリーズが2回,6秒間正面を向き5発撃つシリーズが2回,4秒間正面を向き5発撃つシリーズが2回,これで6シリーズ30発で1ステージとなる。
ワルサーOSPはラピッド・ファイア・ピストル競技をいかに有利に戦うかを研究し,それを形にした。
まず,マガジンをグリップ内からトリガー・ガード前に移し,銃のバランスを前方に持っていった。22ショート弾の発射リコイルはごくわずかである。重い競技用の銃であれば尚更だ。しかし,それでも銃はわずかに踊る。短い時間にエイムポイントを横にずらしながら5つの標的を撃つ競技においては,銃のリコイルは無いほうが有利であるのは言うまでもない。マガジンを前方に移すことで,ボルトの位置も前進し,銃のバランスは大幅に変化した。リコイルによるバレルの跳ね上がりも,これによりより小さく変えることが出来た。
グリップは単に銃を握るためのものとなり,どういう形にも変えられる。手にフィットしたものを作るために,オプションとして,角材型のグリップも用意された。それは,銃に取り付けるための加工のみがおこなわれていて,あとは手に合わせて各自が削るというものだ。
リアサイトはレシーバー上におかれ,ボルトは内臓されている。発射の度にリアサイトは前後しない。レシーバー内部のボルトアッシーのみが前後に動いて,エンプティ・ケースの排出と次弾の装填を行なう。フロントサイトを固定されたバレルに置き,リアサイトが激しく前後するスライド上に置いた場合,スライドのガタつきがあれば正確な照準は出来ない。固定されて動かないレシーバーにリアサイトを置くことは,高い精度を要求される競技用ピストルでは重要なことだ。

リア・サイトは当然の事ながらフル・アジャスタブルである。しかし,この調整はアメリカ系の銃に慣れた人には,ちょっと混乱するかもしれない。Point of impact(着弾点)が右にズレていた場合,windageのスクリューを“R”の方向(Turn cockwise)に回す。左にズレていた場合は“L”(Turn anti-clockwise)だ。上下方向も同様で,高ければ“H”,低ければ“T”の方向に回す。これはヨーロッパ系の銃に多く見られる調整方法だ。アメリカ系の銃の場合,point of impactを移動させたい方向にスクリューを回す。すなわち逆だ。慣れの問題であるが,アメリカ方式の方が直感的に判りやすい。
1 clickの移動量は左右方向が25mで5mm,上下方向で7mmだ。
トリガーの調整は“3”のスクリューをゆるめてその位置を“1”のように動かすことが出来る。これはトリガーユニットを外して行なう。トリガーの位置がそれでも合わない場合は“2”のトリガーに交換することで対応する。現代の競技銃はもっと細かい調整が可能だ。
そしてもう1つ,ワルサーOSPは大きな特徴を持っていた。トリガーの動作する基点を通常の上から下に持ってきたのである。トリガーは通常,上部にある基点から,わずかながら円弧を描く動きをする。これがトリガーを引く際に銃をわずかにブレさせてしまう場合がある。いわゆるジャーキングだ。これを防ぐには,トリガーの動作基点を下に持ってきて,動作軌道を逆にすることが有効であるとワルサーは考えた。
競技用ピストルのトリガーは極めて重要だ。当たらない,と思ったシューターはトリガーをいじり始める。今日のトリガーシステムは,そんなシューターを悩ますかのように実に細かい調整が可能だ。遊びで動く距離と重さ,トリガー・ドライブの長さと重さ,指にあたる位置と角度,レット・オフ後の重さと動く距離,グリップとともにシューターが調整する大きな部分である。
支点を下にしたトリガーシステムをワルサーは長期にわたって使い続けたが,かなり後になって,これを改め,支点を上に移した通常の形態のトリガーシステムに変えている。この事は,ワルサーの設計した逆さまのトリガーシステムが,実際には効果なし,むしろ通常のトリガーシステムを持つピストルで競技をおこなってきたシューターからは,使用感の違いからこの銃が敬遠されるという結果になるとの判断であったと思われる。
しかし1970年,Giovanni LiveranziはワルサーOSPを使い,ラピッド・ファイア・ピストル競技で,598/600という当時の世界記録を出している。
GSP-Cは1971年,OSPをセンター・ファイア化したスポーツ・ピストルとして登場した。32S&Wロング・ワッドカッター(32S&W Long Wadcutter)弾を使用する。同時に22LRを使用するコンバージョンキットと22LR仕様のGSPも発売した。22LR仕様のGSP用をセンターファイア化する32S&WロングWC用コンバージョンキットも用意された。
同時期のセンターファイア・スポーツ・ピストルはコルト・ゴールドカップ・ナショナルマッチ(Colt Goldcup National Match)であったり,S&W M52といった一般的実用ピストルを元にしたものだった。アジャスタブル・サイトを付け,スライドやロッキングシステムをタイトにしてはいるものの,通常のピストルと大きな違いはない。 これらは,38スペシャル・ミッドレンジ・ワッドカッター(38 Special mid-range wadcutter)弾を使用する。ワルサーGSPはそれらより更にリコイルの軽い32S&W ロングをベースにしたターゲット・ロードを使用し,ルール上,最も有利な射撃が出来るように配慮されている。
ヘンメリー(Hammerli )280とその後継機SP20はGSP・OSPと同じようにマガジンをトリガー前に置いたコンポジションを持っている。パルディーニ(Pardini )GP, HP, SP,ベネリ(Benelli)のMP90S, MP95Eもまた同様だ。
トリガー・システムはNGであったが,マガジンをトリガーの前に移す構造はある程度,受け入れられたと見るべきであろう。バレルを短くせざるを得ないが,ラピッド・ファイア・ピストルではそれ以上にリコイルを低減させる事が大切である。
OSPで使われる弾は22ショート(.22 short)である。今日ではほとんど他に利用されない22ショートを使うことも,リコイル軽減が目的だ。
 
ワルサーOSP,GSPはラピッド・ファイア・ピストルとしてエポックメーカーであった。登場から45年近く経過するが,現在でもトリガーシステムを改良,アブソーバーとラミネート・グリップを装備したOSP2000, GSP Expert 32, GSP Expertが生産されている。おそらくあと30年経ってもほとんど変わることはないだろう。OSP, GSPは競技用ピストルとして,ほとんど完成域に達しているからだ。
Copyright 2002 by Satoshi Maoka
Photo by Turk Takano
Mar.30, 2002
Apr.1,2002 加筆修正
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