Vursan M95A & Benelli M3 Super 90
                                      Jan.25, 2006掲載

 Vursan M95A Shotgun…ヴァルサン、ヴァーサン、ハッサン、トルコ語だ。正確な発音はよく判らない。いずれの読み方をしても、日本語的にはあまり銃らしい響きではない。殺虫剤やお婆さん、あるいは落語で熊さんといっしょに出てくる「八っつあん」を想像する。このトルコ製ショットガンは20世紀末、日本に輸入された。

 誰の目にもBenelli M3と似ていることは明白だ。似ているのは外観だけではない。イナーシャ・ドリブン・オペレーティング・システム(Inertia Driven Operating System)、セミオートとスライドアクションの2ウェイ・ファンクション, 操作レバーの形状もバランスも,ほとんどM3と同じといっても良い。
 よくできている。もしBenelliの刻印を打てば、誰もがBenelli M3だと思うだろう。パーツの多くは互換性がある。
 Vursanは1990年代後半、日本で\145,000-という価格で販売された。正規輸入されたBenelli M3が¥248,000-の時代にだ。

上の2挺は異なるスペックのショットガンだ。下のVursanと同じように、リヴド・バレルを持つBenelli M3も存在するし、上のBenelliと同様、ショートバレルのVursanも存在する。

Turkey
 トルコは国民の約40%が農業に従事し、工業は軽工業が中心だ。繊維・衣類分野では輸出大国である。しかし近年はヨーロッパ、および日本の自動車メーカーとの合弁でヨーロッパ向けの自動車輸出が盛んになっている。 
 この国には銃を製造する業者が数多くあるという話を聞いたことがある。大きなメーカーとしてはマキナ・ベ・キミヤ−・エンデュストリシ・クルム(Makina ve Kimiya Endustrisi kurumu:MKE)がある。ここはヘッケラー&コッホ(Heckler & Koch)のライセンス生産品を製造している。また以前はトルコ軍用にワルサー(Walther) PPをベースにしたクルッカレ(別の読み方ではキリカール:Kirikkale)ピストルを製造していた。またサルジルマツ・シラー・サナイ(Sarsilmaz Silah Sanayi)は1880年創業で、現在はイタリアのタンフォリオ(Tanfoglio)の協力でCZクローン・ピストルを作ると共に、イタリアのベルナルデリ(Bernardelli)を買収して製品展開をしている。
 この国の銃をイメージするとき浮かび上がってくるのは、このようなライセンス製品や他社が開発したものを取り込んだものばかりで、オリジナルの製品が思い浮かばない。
 トルコ人はオリジナルの銃を独自で開発する意思があるのだろうか?

 Benelliのボルトは艶消しの黒だが、Vursanはクローム・フィニッシュド。下のボルト・リリース・ボタンも同様だ。

 トルコはアジアとヨーロッパの中継点に位置する。国土の大半を占めるアナトリア半島はアジアに位置するが、トルコ最大の都市であるイスタンブルはヨーロッパだ。北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシアと、東でグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと接する。
 事実上、国土の95%はアジア圏にある。しかし5%がヨーロッパ圏にあることから、トルコはコペンハーゲン基準に照らし合わせるとヨーロッパということになる。
 この地域は古くから文明が栄えて、11世紀には諸民族の対立の果てにオスマン朝が興った。15世紀にビザンツ帝国を滅ぼして、東はアゼルバイジャンから、西はモロッコ、北がウクライナ、南はイエメンまでの広大な地域を支配する大帝国を打ち立てた。しかし、19世紀にその勢力は衰えはじめる。諸民族が次々と独立して、第一次世界大戦後、帝国は解体、1924年、トルコ共和国となった。
 国民の99%はイスラム教徒だが、西洋化による近代化を目指すイスラム世界初の世俗主義(政教分離)国家、それがトルコだ。
 Vursanというトルコのメーカーは、このM95が登場するまでほとんど知られていなかった。どれほどの歴史があるか不明だし、実力の程はよく判らない。しかし、Vursan M95を見る限り、よく出来ていると感じた。決して一朝一夕に銃の製造を始めたわけではないだろう。
 推測だが、これはBenelliから正式の製造許可を得て、生産したと考えられる。アメリカ、および西ヨーロッパには輸出をしない、そういう契約に基づき、Benelli製品のライセンス生産をおこなったように思える。だから日本には輸出ができた。
 Vursanは20世紀の終わり頃、イタリアのタンフォリオ社と提携し、CZコピー・ピストルを作った。トルコ軍の制式ピストル・トライアルに参加するためだ。
 ところが、このVursan社はすでに存在しないらしい。この会社のweb siteを見ると出てくるのはストーガー(Stoeger)の社名だ。

バレル右側面の刻印 Benelliの写真は失敗してしまって、良く見えないが、
12GA 3" FOR 2 3/4" OR 3" SHELLS READ OWNER'S MANUAL BEFORE USING GUN
と刻印されている。
 Vursanには
VURSAN MADE IN EUROPE TR. CAL 12/76 PSF  と刻印されている。

Stoeger
 1924年、オーストリアからの移民し、ニューヨークで銃砲ビジネスを展開していたアレクサンダー・F・ストーガー(Alexander F. Stoeger)は銃関連品を網羅した総合カタログを発行した。これがのちにシューターズ・バイブル(Shooter's Bible)と呼ばれるものに発展する。ストーガーはドイツDWM製パラベラム・ピストルをアメリカ、カナダへ独占的に販売する権利を持っていた。ボルヒャルト・ピストルを改良したゲオルグ・ルゲールの英語名ルガーをこのピストルに冠して商品名としたのはストーガーだ。以後、アメリカを中心にパラベラム・ピストルはルガーとして有名になっていった。このルガー・ピストルや、弾薬、銃関連商品を販売するストーガー社は、各商品毎に一枚もののチラシ(single-page flyer)を発行していたが、それらをまとめると共に数多くのメーカー品を載せた総合カタログを作り上げた。
 このカタログの評判は高く、ストーガー社は順調に事業を拡大していった。店舗もFifth Avenueに移転し、大きなショールームとガンスミッシングのワークショップがあった。現在のニューヨークで、そのような一等地にガンショップがあることは考えにくい。
 カタログには銃関連記事が掲載されるようになり、後のシューターズ・バイブルの形態に近くなっていった。店頭での小売りに加えて、メールオーダー販売も始めた。
 しかし第二次大戦後、ストーガーはそのビジネスの方向性を大きく変更した。1946年、ストーガー・カタログ(Stoeger Catalog)はシューターズ・バイブルと名前を変え、会社は一般への小売りとメールオーダーを止めた。そしてフィンランドのサコー(SAKO), ティッカ(Tikka)の米国への独占的販売権を獲得した。


 BenelliとVursanのもっとも容易な見分け方はレシーバー側面にある縁取りの有無だ。Vursanはレシーバーの形状に合わせて側面に縁取りがある。デザイン的なアクセントではあるが、特に意味はない。なんとなくトルコっぽさを感じさせる縁取りだ。

 それから約半世紀が経過した2000年、SAKOとTikkaがベレッタ・ホールディングに買収された。それに前後して、ストーガー・インダストリーとストーガー・パブリッシングもベレッタ・ホールディングの傘下に入った。
 銃器業界はその構造を大きく変えた時代だ。冷戦の終結がそのトリガーのひとつであったのだと思う。それまでのように数多くのメーカーが生き残ることはできない。業界再編だ。独自性のあるメーカーであれば、単独で生き残ることもできるが、それがなければ消え去るか、大手と組むかだ。
 ベレッタはベレッタ・ホールディング(Beretta Holding)として、Benelli, Franchi等イタリアの同業者を飲み込み、フィンランドのSako, Tikkaも手中に収めた。アメリカのストーガー吸収はSakoとセットだったのだと思う。ストーガーはSako販売が重要な事業だったので、Sakoの販売権を失えば、会社存続が危うくなったのだろう。だがらベレッタに吸収されることを望んだ。そのように推測できる。これはあくまでも推測だ。
 ベレッタ・ホールディングがVursanを傘下に納めた経緯はよく判らない。トルコは1990年代後半、経済が低調になり、2000年末に金融危機を起こした。トルコリラが暴落、2001年には対ドル価が50%以上落ち込んだ。しかし2002年から、経済的に持ち直してきている。
 BerettaがVursanを手中に収めたのはこの2001年だ。ヨーロッパの基準から見て安いトルコの労働力、Benelliコピーの品質は低くない。Benelliと同等とまではいかないが、それに近いレベル。磨けばさらに光ると思ったのだろう。またトルコからは良質な木材も調達できる。
 総合メーカーであるということは、高級品から安価な製品まで供給する必要がある。粗末な廉価品ではなく、安価でもあるレベルを超えた製品を供給すれば、低価格帯でも勝負に勝てる。安価な製品を市場に投入しようとした場合、Vursanは立派な供給拠点になる。経済的に落ち込んでいる2001年なら、Vursanを安く買い叩ける。たぶんそんな事だと推測できる。
 手中に収めたものの、Vursanのブランドでは通用しない。大きなマーケットであるアメリカには、正規に輸出された実績がない。Vursanなどといっても誰も知らない。
 一方で同じく手中に収めたストーガーは、ブランドとしてはよく知られている。そこでベレッタはVursanの名前を消滅させ、ストーガーの名前を冠した。
 Berettaにはそんな戦略があったと推測できる。
 さすがにBenelli M3と同じM95の製造は続けられない。今度は対米輸出を本格的におこなうからだ。それに代わりイナーシャ・ドリブン・オペレーティング・システムを取り入れたM2000を製造販売した。3インチ・チャンバーを持つセミオートマチックでBenelli M1に近い。当然のことながら、Benelliの正式ライセンス品だ。Vursanはストーガーのトルコ工場となった。

Benelli M3の特徴であるセミオートとスライド・アクションのセレクター機能。Vursanも全く同じだ。セレクターの形状、操作性すべてが、そっくりだ。

 Stoegerブランドでは、その他、アップランダーやコンドルといったショットガンがある。
 アップランダー(Uplander)はサイド・バイ・サイド(水平二連)、チョーク交換式でダブルトリガー、メカニカル・エキストラクターモデルだ。アップランダー・スプリーム(Uplander Supreme)はシングル・セレクティブ・トリガーでオートマチック・エジェクターを有する。
 コーチ・ガン(Coach Gun)もサイド・バイ・サイドだが固定チョークの20インチバレルだ。
 コンドル(Condor)は上下二連銃だ。CompetitionモデルからYouthモデルまで幅広いバリエーションがある。これらはブラジルのArmantino製だ。あまり知られていないが、このメーカーは100年以上の歴史がある。

Final note
 Vursan M95Aは、もはや供給されていない。撃った経験はないのでその品質がどの程度のものかは判らない。しかし見たところ、よくできている。
 それでも、もしベレッタ・ホールディングがVursanを買収していなければ、Versan M95AはBenelli M3のコピー品として無視しただろう。しかしその後、ベレッタ・グループの一員となったと考えると、このトルコ製ショットガンも違って見えてくる。
 優れた製品かどうかは判らない。しかし、ベレッタが買収する価値あり、と判断するだけの製品を作る実力があるはずだ。トルコ製ショットガンは決して侮れない。

 Vursanの名前は完全に消えたわけではない。地域によってはVursanの名前でショットガンを供給している。その製品はやはりBenelliがベースになっている。Vursan Model Escort Law Enforcementは、Benelliのスライドアクション・ショットガンであるNOVAをベースにした警察用ショットガンだ。フォールディングストックにフラッシュ・ライトを装備している。レシーバー側面には、相変わらずお約束の縁取りもあって、トルコらしさ?を演出している。


Satoshi Maoka
Jan.25, 2006

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