JO.LO.AR.ピストル
(スペイン語ではホロアール,英語ではヨォロアーと発音する)
19世紀末に登場したセミ・オートマチック・ピストルは,通常,携帯時にはチャンバーを空にしておく。射撃を行なう前にスライドを手で引いて,マガジンから初弾をチャンバーに装填し,これによって発射準備が完了する。
これは1929年,ワルサー社がモデルPP ピストルを開発するまでは,常識的なことだった。すなわちリボルバーより,緊急時における速射対応性という部分では明らかに劣っていたといえる。
もちろん,チャンバーに1発目をあらかじめ入れておくことは可能ではあったが,安全性においては完全とはいえなかった。これを解決し,チャンバーを第一弾を装填したまま,携帯が可能,かつ速射応答性に優れたダブルアクションを組み込んだものがワルサーPP ピストルであった。
そして1980年代には,ほとんどのセミ・オートマチック・ピストルに,オートマチック・ファイアリング・ピン・ブロック・セフティ(AFPBS)が組み込まれ,チャンバーに装填して携帯しても,高い安全性が確保されるようになった。
“第一弾をスライドを引いてチャンバーに装填する”,このことは,速射応答性ということとは別の部分においても問題があった。それは,片手で発射準備を完了出来ないということだ。
射撃を行おうというとき,常に両手が空いているとは限らない。たとえば馬に乗った状態では手綱から手を離すことは困難だ。それでもピストルを抜いて戦闘状態に入ることは十分,考えられる。
片手(銃を握った手)で,スライドを引いて,発射準備を完了出来ないだろうか。
こう考えるのは,さほど不思議な事ではない。むしろ自然な発想であったと思う。特に騎兵というものが存在した時代では尚更だ。
 
スペインのバスク地方,エイバーという町のホセ・デ・ロペス・アルナイツは,この問題も解決策を思いついた。スライドにレバーを付け,それを指で引けばスライドを操作出来る。
おそらく誰でもそれは想像出来ることだ。しかし,スペインでは誰も実行しなかった事である。
スライドにレバーをくっ付け,これでスライドを操作する。1924年,このパテントが承認された。
彼はこのワン・ハンド・ピストルに自らの名前を組み合わせJO.LO.AR.と名付け,イーホス・デ・カリクト・アルツァバラガ社で製造し,売り出した。
レバーはスライドの右側面にネジ止めされた。操作方法としては,ピストルをホルスターから抜いて,このレバーに指を伸ばし…
写真を見て頂くとわかるが,スライドに平行になったレバーを,銃を握った手の指で引き下ろしてくるのは,けっこう難しい。この段階で,すでにもう一方の手の助けを借りたいと思うだろう。
とにかく,そのレバーになんとか指が届いたとしよう。レバーを引き下ろし,銃を握った手の,人差し指と中指で,そのレバーをグィっと引く。
そしてレバーから指を離せば,第一弾がチャンバーに送り込まれる。もちろんハンマーもコックされた(起きた)状態になる。
さて,あとは発射…といきたいが,実際にはそうはいかない。
発射する前に,引いたレバーを元の状態(スライドとレバーが平行な状態)に戻す必要がある。なぜなら,レバーを下げた状態で発射するとスライドの後退と連動して,レバーも後退,トリガーを引く指にぶつかってしまうからだ。このレバーは鉄で出来ている。スライドの後退スピードはものすごく速い。これで指を強打すると猛烈に痛いのだ。
レバーを下げるときも難しかったが,レバーを元に戻すのも,片手では結構難しい。この時も,もう一方の手を借りたいと思うだろう。
とにかく,レバーはスライドに平行な状態に戻ったとしよう。さて,今度こそ発射である。あとはトリガーを引くだけだ。
ちなみにスライドについたレバーは,その支点についたマイナスネジで締め付けられているに過ぎない。きつく締めると,レバーは下げられない。緩め過ぎると…,勝手に下がってくる。
射撃中に,そのリコイルとスライドの往復の振動で,レバーが下がってきた場合,最悪,トリガーを引く指を強打する。
なんとも厄介な銃だ。
写真で見ていただいて判るとおり,トリガーガードは無い。そしてマニュアル・セフティも無い。
JO.LO.AR.は6.35mm(25ACP), 7.65mm(.32ACP), 9mm Largo(9mm Bergmann Bayard), 45ACPで作られた。
9mm Largo,45ACPであっても銃身固定のストレート・ブローバックだった。
バレルはマズル近くのネジで固定され,銃左側面のトリガー上部のレバーを回転させることで,ポップアップする。これによりチャンバーに1発装填することも可能だ。
写真のモデルはリアサイトが見えないが,スライド上に溝がきってあり,これをリアサイトとして活用した。バリエーションにロングバレルモデルもあり,それはバレルの上,チャンバーに部分にリアサイトが取り付けられている。

このイラストはJO.LO.AR.に付いていたインストラクション・マニュアルに描かれているものだ。
あいにく,スペイン語は読めないが,右の絵は,2人組強盗が,被害者から金品(手に持った袋)を奪って立ち去ろうとしている。被害者は,ピストルを抜いているが,まだ発射準備が出来ていないようだ。強盗は相棒に“慌てて逃げる事はない。あいつはJO.LO. AR.を使っていないぜ”こう言って悠々と立ち去ろうとしている。
一方,左側の絵は,なぜか強盗は3人組になっていて,“逃げろ!あいつはJO.LO.AR.を使っているぞ”というもの(らしい)。一瞬にして,射撃準備が完了するJO.LO.AR.の操作性,速射対応性の高さを謳っている当時の比較広告だ。誇大宣伝も甚だしい。
片手でスライドを引くことを実現したのは,JO.LO.AR.が最初ではない。オーストリアのウィットボルト・チレブスキーが20世紀初頭にトリガー・ガードの前部を可動式にして,これにフックを付け,スライドを引けるピストルを試作した。これはアイン・ハンド・ピストーレ(Einhand Pistole,英語ではOne hand Pistol)としてパテントとして登録されている。こちらは発射時にスライドといっしょにトリガーガードが動くということは無い。
スイスのSIGはこのアイン・ハンド・ピストーレに興味を持ち,1918年に生産が行なわれた。もっともこれは数百挺しか生産されていない。このモデルはリコイルスプリングの圧力の問題で25ACPが限界だった。
このあと,アインハンド・ピストーレを生産したのはベルグマンの子会社,リグノーズ(Lignose)だ。1920年の事である。ルグノーズ・モデルNo.2A, モデルNo.3Aはかなりの数が生産された。情報の伝達速度が現代とは比べ物にならなかった当時であっても,ホセ・デ・ロペス・アルナイツがこれを知らなかったとは思いにくい。JO.LO.AR.ピストルがスペインで登場したのは1924年である。アルナイツがパテントが取得出来たのは,そのスライド操作方法がアインハンド・ピストーレと違ったからだ。
チレブスキーのアイン・ハンド・ピストーレは25ACPが限界だったのに,JO.LO.AR.は9mm Largo,45ACPが使えたということから,確かに違いはあったといえる。しかし,そこに発明としての独自性は見出せない。
ずっとあとの時代,中国はワン・ハンド・ピストルとして,77式手槍(Type 77 ピストル) を7.62mm×17の公用モデルとして生産している。25ACPが限界だったワン・ハンド・ピストルをより高い圧力のピストルで生産できたのは,薬莢の一部が膨らみ,スライドの後退速度を落とす構造にしたからだ。おまけにこの77式は,スライドを引くためにトリガーガードを引き,そのまま引き切るとスライドはトリガーガードから外れて前進する。さらにトリガーガードを引き続けると,一緒にトリガーを引き発射まで出来るシステムを持っていた。すなわち,緊急時には,トリガーガードを引いて,そのまま発射するのである。
中国は,その勢いで9mmパラベラムを使用するノリンコT-77Bまで生産した。ガス・ロックを採用し,9mmパラベラムであってもリコイル・スプリングを弱くした77Bであったが,こちらはスライドを引く距離が長いため,トリガーガードがその分,前方に置かれ,結果としてグリップを握る指が届かなくなった。したがって片手で操作するのは難しい失敗作となった。
JO.LO.AR.は結局,思ったほど販売数は伸びず,結果としてスライドからレバーを取り去り,スライドを引くためのセレーション(serration : 滑り止めの刻み目)をつけたSharp Shooterというモデルを生産した。こうなると,単なるセミ・オートマチック・ピストルでしかない。
JO.LO.AR.ピストルはその後のスペイン内戦で使用された。写真のモデルは9mmLargo仕様で,エボナイト・グリップは欠けてしまっている。現存するJO.LO.ARピストルは少なく,特に45ACPモデルはアメリカ国内では1挺しか確認されていない。
by Satoshi Maoka Mar.7, 2002
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