佐世保乱射事件から1ヶ月 Yuji Takase
2008年1月15日掲載
| “佐世保乱射事件”の被害者で亡くなられた倉本舞衣さんと、藤本勇司さんの冥福をお祈り申し上げます。倉本舞衣さんを亡くされたご両親、藤本勇司さんの奥様と3人のお子様の深い悲しみの心中を察すると、私の心も深く痛みます。 また、スポーツクラブでこの事件に巻き込まれ、怪我をされた被害者、精神的なショックを受けたであろうお子様方に、お見舞い申し上げます。 |
2007年12月14日に発生した、いわゆる“佐世保乱射事件”から1ヶ月が経過した。この事件を改めて振り返ってみる。
14日、午後7時10分頃、長崎県佐世保市名切町のスポーツクラブ「ルネサンス佐世保」へ、ヘルメットを被り、シルバーグレイのダウンジャケットを迷彩服の上に着た男が散弾銃を持って2階正面玄関から入った。
男は、子供たちの水泳教室がおこなわれていたプールに向かうと、銃を持ったままプールを1周した。水泳教室で指導中であった同クラブインストラクターの倉本舞衣さん(26)は、異変に気付き、子供達を避難させながら、自らもその場から脱出を試みた。しかし、倉本舞衣さんと、スポーツクラブに来ていた藤本勇司さん(36)は、男の銃から発射された多数の散弾およびスラッグ弾を浴び、死亡した。
この際、跳弾により、スポーツクラブのマネージャー、およびトレーニング中の客2名、スイミングの指導を受けていた児童2名、合計5名が被弾、負傷した。
その後、男は現場から逃走、通報を受けた警察は緊急配備を敷き、容疑者の足取りを追った。
やがて、同スポーツクラブの会員、馬込政義が容疑者として浮上、15日午前1時ごろ、同クラブから南西約4キロにあるカトリック船越教会で、馬込容疑者の車が見つかった。
午前5時44分ごろ、教会の方向から1発の発砲音が聞こえ、午前7時35分ごろ、自ら頸部近くを撃ち抜いて自殺した馬込容疑者が発見され、事件は終息した。
事件発生直後の報道は、外国人のような男が、散弾銃を乱射しながらスポーツクラブに侵入、水泳の指導を受けていた子供達、スポーツクラブの会員等に無差別発砲をし、多数の死傷者が出た、というものであった。
米国などで多発する銃による無差別発砲事件が遂に日本でも起こったと多くの人々が感じ、日本中を震撼させた。
まもなく、容疑者の男は日本人であることが判った。そしてこの容疑者は、正規に銃の所持許可を持った人物であること、また無差別に乱射したのではなく、はじめから2名の被害者を狙ったものであり、怪我をした他の被害者は直接撃たれたのではないことが判明、事件は当初の報道とはかなり異なることが明らかになった。
乱射ではないものの、事件は“佐世保乱射事件”と呼ばれ続けた。
容疑者の自殺で、この事件を引き起こした動機の解明は難しくなった。しかし、馬込容疑者は、被害者の倉本舞衣さんに一方的な好意を寄せていたらしい。スポーツクラブのプールは吹き抜けとなっており、ジムから、見降ろすことができる。そこから水泳指導中の倉本さんをニヤニヤしながら見つめていたという証言もある。
もう一人の被害者である藤本勇司さんは、馬込容疑者の親友であった。この日、馬込容疑者はかつての同級生ら十名近くに、スポーツクラブでパーティをやるといって誘い出していた。しかし実際にスポーツクラブを訪れたのは、亡くなられた藤本さんと、あと1名だけであった。
馬込容疑者は、好意を寄せていた倉本さんと、友人達をまとめて殺そうとしていた可能性がある。
ベレッタとウィンチェスターのガスオート、New SKBの上下二連銃と1丁のエアライフル、2700発の装弾を車に積み、サバイバルナイフを用意したこの男は、この日、何を目指していたのだろうか。
福田康夫首相は、15日、この事件について、「(銃の規制強化で)何かいい方法がないのか、真剣に考えなければいけない」と述べ、規制の強化策を検討する考えを示したと報道されている。しかし、別の報道では、「規制(強化)することがいいのか、それよりもいい方法がないのか、真剣に考えなくてはいけない」と述べたと伝えている。このニュアンスはかなり違いがある。
17日、首相官邸で開かれた「生活安心プロジェクト」関係閣僚会合で首相は、「事件は銃の問題に深くかかわっているが、銃以外にも出刃包丁はじめいろいろな凶器がある。社会全体として考えていかなければならない」と述べたと伝えられている。
また同日の報道で、「散弾銃は許可を受ければ持てる。その(正規の)目的のために使う人もいる。どう取り締まるか、非常に難しい話だ」と述べた。そのうえで「使用基準や管理などいろいろな問題があるが、よく検討しなければいけない」 と述べ、政府として再発防止策を慎重に検討する考えを示した、と伝えられている。
この時、政府の銃器対策推進本部の副本部長を務める岸田沖縄相は、記者団に「銃器対策に何か加えるべきものがあるのかどうか、しっかり検討しなければいけない」と述べたようだ。
また21日に開かれた政府犯罪対策閣僚会議で、福田首相は、「事件を重大に受け止めなければならない。銃器規制のさらなる厳格化について検討を早急に進めてほしい」と指示した。
泉国家公安委員長は、閣議後の記者会見で「問題点が浮かび上がり、法改正が必要なら取り組んでいく」と、銃刀法改正も視野に検討する考えを示した。
政府自民党は、佐世保乱射事件に対し、再発防止に向けて、慎重に取り組みを始めたわけだ。事件後加熱したマスメディアによる、銃規制強化の声に対し、政府の対応は冷静、かつ慎重であったと思う
一方、野党民主党は党内に銃器対策ワーキングチームを設け、12月26日の初会合で、銃規制を強化するための銃刀法改正案と火薬類取締法改正案を2008年の通常国会に提出する方針を固めた。
しかし民主党は、19日の段階で、既に具体的な案を打ち出していた。事件発生からわずか5日後である。
民主党の案は、
銃の保管場所について、自宅での保管を原則とする現行法を改め、警察署や射撃場、銃砲店など自宅以外の場所で共同管理する、または先台などの主要部品を警察署で預かることの検討、また、銃の所持許可を弾力的に取り消すことができるよう欠格事由の見直しや、銃のインターネット販売等の規制、購入した弾数・消費弾数・保有弾数の報告の義務化、これらを検討しようというものだ。
政府自民党が、慎重に銃規制を検討しようとする中、民主党はあっという間に具体的な案を掲げたのである。
すばやく規制案を掲げることで、民主党が国民生活の安全を守ろうという姿勢を見せたかったのだろうか。しかし、あまりにも早くに打ち出された規制強化案を見ると、法を改正することの重み、その影響と重要性を、全く理解していないのではないか疑ってしまう。
民主党の案が、どの程度まで現実的で、国民の安全に寄与するものなのかどうかを考えてみよう。
・銃を所持者が自宅で保管するのではなく、射撃場、銃砲店、警察に保管する
射撃場での一括保管は現実的ではない。射撃場は1箇所ではないのだ。複数の射撃場を利用する場合、射撃場毎に別の銃を買って置けというわけだろうか。射撃競技に参加する場合は、どうしろというのだろうか。
射撃場に銃を保管するのであれば、それは自己の管理下ではない。自分の銃が自分の管理下にないとなると、安全意識などが大幅に悪化する可能性がある。おそらく銃の事故は増加するだろう。
車に例えれば判りやすい。自分の車だから、大切に扱うし整備もする。レンタカーを借りて、それを自ら整備する人は普通いない。レンタカー利用者と、オーナードライバーの事故発生率にどのような差があるかは不明だが、自己の管理物で無いとなれば、扱いは雑になる。これは事故につながる可能性がある。
たとえ自分で購入した自分専用の銃であっても、それが自己の管理化にないとなったら、自分の所有物という意識は薄れるであろう。安全意識もそれといっしょに薄れるのではないかと私は懸念する。
銃所持者は、ある程度以上の頻度で射撃をおこない、銃を扱う技量を高めなければならない。現行の銃所持許可行政は、これを求めている。
射撃場に銃を預けてしまったら、おそらく一般シューターの練習量は減少し、銃を扱う技量は低下するだろう。
銃砲店での銃保管も現実的では無い。既存の銃砲店には、たとえ先台、ボルトだけでも保管できるスペースなど無い。そしてシューターは、射撃をおこなう度に、銃砲店に行って、自分の銃や先台やボルトをとって来いというのだろうか。
自分の銃で犯罪を犯そうと考える人物がもし存在するとしたならば、銃砲店や警察に行って、銃を引き取ってきてから犯罪をおこなうだろう。仮に今回の馬込容疑者が、先台やボルトを警察に預けていたとしても、この事件は起こっただろう。だから、この対策案は、犯罪防止にほとんど効果がないといえる。
確かに、先台やボルトを自宅に保管せず、警察や銃砲店に預けておけば、銃の盗難による犯罪の発生を防ぐことには繋がるだろう。銃を盗み出しても、犯人は使うことができない。
しかし、現実に盗難銃による犯罪はごくわずかだ。
そして正規の銃所持者は、自宅保管中にボルトや先台を装着したままになどしていない。それらの部品は、取り外され、自宅内の銃とは別の場所に保管している。だから通常は、銃が盗まれても、それらの多くは使用できず、結果として犯罪に使われることはほとんど無い。
警察による銃保管は、全国に50名を限定とした合法的ピストル所持者に対して実施している。50名だから可能なことであり、それが17万人となったら、実施不可能だ。
・欠格事項の見直し
現行法で定められている銃所持についての人的欠格事項は、年齢制限をはじめ、銃の適正な取扱いに支障を及ぼす恐れのある者、具体的には精神障害、又は発作による意識障害等、法令で定められている病気を持つ場合および、アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者、暴力的犯罪行為を行なった日から10年が経過していない者、住所不定者、等、かなり厳しく規定されている。
常識的に判断して、銃所持を認めるべきではないと思われる人物を選別する為の欠格事項は概ね、網羅されている。
定職を持たないもの、といった項目でも追加しようというのであろうか?銃所持者は比較的高齢で、すでに実務からリタイアしたシューターも多い。
かつて、無職であることを理由に、銃の所持申請を却下された人がいたが、彼は家に帰って、数億円の預金残高のある通帳を持って警察署長に抗議しに行ったという話を聞いたことがある。
人間をひとつの物差しで判断することは、なかなか難しい。福田首相の言う、“よく検討しなければならない”というのは、このことだろう。
確かに今回の事件は、本来、銃を所持してはならない人物に所持許可が与えられ、その後も更新、さらに銃の追加所持が認められたことが問題となっている。
馬込容疑者の奇行が確認され、周辺住民が警察に対し、銃の所持許可の取り消しを求めたにも関わらず、警察はしかるべき処置をおこなわなかった。
伝えられている馬込容疑者の奇行は、夜中に他人の家のトイレを借りにいくという行為、また「・・・さんに盗聴器を仕掛けられた」という妄想発言等であるが、これらは現行の銃刀法で定める、“他人の生命若しくは財産又は公共の安全を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者”に該当するかどうかは微妙なのかもしれない。
このあたりの判断基準、銃所持許可認定、所持継続認定の可否を決める判断基準とその実施については見直しするべきだろう。
しかし、“銃を持って無意味に近所を徘徊した”という事が事実なら、現行の銃刀法に照らして違法行為とできたはずだ。現行法の欠格事項は、銃器所持を認めるべきではない人物を選別する基準として、かなりのレベルで適正だと思う。あとは、それをどのように運用するかではないだろうか。
・銃のインターネット販売等の規制
インターネット販売で事故が起こるのだろうか?この案は、何を求めているのかが判らない。
銃砲店主が、購入者と対面販売することで、フィルタリングせよ、というのだろうか?人を見極めることは難しい。口数か少ない、陰気だ、というだけで銃の販売を中止せよ、というのだろうか?
銃所持者は全員、所轄署の生活安全課の担当官により、銃所持の可否について選別されているのだ。今回の事件はそれが適格に機能しなかった。それがどうしてインターネット販売規制につながるのだろうか?
・購入した弾数・消費弾数・保有弾数の報告の義務化
これは現行法で既におこなわれている。事実と異なる申告をしている場合もあるかも知れないが、この問題で今回の事件が起こったのではない。馬込容疑者が2700発を保有していたことは問題だが、実際に使用したのは、十数発だ。
実態として、自宅保管の上限800発は、一般的に考えれば、多いと思うかもしれない。しかし、大口径ライフル、スモールボアライフル、クレー射撃をおこなうシューターの場合、この800発内に収めるには、それなりの努力と注意が必要だ。
散弾の購入単位は通常1ケース単位で500発、半分にしても250発だ。スモールボアライフルの場合、弾薬の精度の均一性を求めると、できる限り同一ロッド品で揃える必要がある。従って数百発を同時購入することになる。
大口径ライフルの場合は、ハンター以外、ほとんど自分でハンドロードする。射撃に行く直前に、必要数をハンドロードすれば自宅保管数は少なくできる。
従って800発という上限は、妥当なものと思えるし、注意すれば、これを超えないようにできる。
購入数量は管理できるが、消費した数量の管理は個人に委ねざるを得ない。虚偽の報告をおこない、保管数を増やすことは可能だが、そのような例は稀で、現行法下で大きな問題となっているとは思えない。
民主党の掲げた銃規制強化案は、あまりにも性急にまとめたもので、実効性に乏しい。単に国民受けを狙ったものという印象が強い。
そして何より、銃所持人口の99.99%以上を占める“法を遵守し、安全に銃を所持している善良な銃所持者”の所持者の日々の努力を踏みにじるものだ。
銃器発砲事件件数は、ここ数年、減少傾向にあった。2005年は全国で76件の発砲事件が発生、死者数は10名、2006年は53件の発砲事件が発生し、死者数は2名であった。しかし、2007年は増加に転じた。
2007年の最終的な数値が発表になっていないが、11月末の段階ですでに発砲事件54件、死者数7名となっていた。54件のうち、暴力団関係は36件を占め、銃器犯罪の大半は暴力団や、それの順ずる者が中心となっており、合法的に銃を所持していたものが、自らの銃を持って犯罪行為を行なうケースはごく稀だ。
現在の我が国の銃所持人口は、約17万人である。馬込容疑者は、その中の1/170,000-である。
事件後、一部のマスメディアは、日本には正規に登録された銃が32万丁あり、17万人が所持しているとして、「日本も銃社会になった」、「いつ撃たれてもおかしくない社会」といった言葉で、いたずらに恐怖を煽る報道をおこなった。
あたかも、その32万丁の銃が善良な一般市民に向けられているかのような、悪意と偏見に満ちた報道だ。
我が国には、銃に撃たれることに常に怯えて生きている日本人など、存在しない。銃で撃たれて死亡する一般市民の数(暴力団関係者は、一般市民では無い)は、自転車にぶつけられて死亡する人の数とほとんど同数だ(自動車ではない。自“転”車だ)。
“日本が銃社会で、民間人の手にある合法銃が、善良な市民生活を脅かしている”というのなら、“日本は暴走自転車の恐怖から、外出は命がけの社会である”と言わなくてはならない。
正規に所持許可となった銃が、何の落ち度もない善良な一般市民の命を奪い、その場に居合わせた人々に怪我を負わせ、恐怖をふりまいた。
この事実は厳粛に受け止めなくてはならない。銃刀法が正しく機能せず、精神的に病んでいたと思われる人の手に握られていた。改めるべきことは改めなくてはならない。
だが、いたずらに恐怖をあおり、また性急な規制強化案を振り回すことも慎むべきだ。
2008年1月5日、東京品川区の戸越銀座商店街で、両手に包丁を持った高校2年生の少年(16)が、「殺してやる」などと叫びながら通行人の男女5人を次々に切り付け、商店街の中を約300メートル走って逃げたところで、警視庁荏原署員に殺人未遂の現行犯で逮捕された。
5人のうち、42歳と30歳の女性会社員2人が背中や胸を切られて約10日のけがを負い、残る男女3人はコートなどを切り裂かれた。
逮捕された少年は、3本目の包丁を持っており、「誰でも良いから殺したかった」と供出、さらに「人間関係のトラブルで悩んでいた」とも言っている。3丁の包丁は、事件の直前、品川区内の100円ショップで買い求めたものだった。
使われた凶器が包丁だったこともあり、マスメディアは、この事件を大きく扱っていない。しかし狂気の度合いは、佐世保乱射事件と同じではないだろうか。
私は、佐世保乱射事件より、この事件の方に恐怖を感じる。厳重に管理されている合法銃は、一般市民に向けられることは極めて稀だ。しかし包丁は、100円ショップでも買える。身近に存在する様々なものが、突然、凶器に変わる。
馬込容疑者の手に銃が無かったとしても、別の道具を使って犯行に及んだだろう。
人間の心の中に巣食う闇が、狂気として噴出す。見当違いの規制強化では、これを防ぐことはできない。
2008年1月15日
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