S&W .35 Automatic   S&W 35オートマチック 
                                       2007年5月23日掲載

 ホーレス・スミス(Horace Smith)と、ダニエル・B・ウェッソン(Daniel B. Wesson)の目指したものは、独自の連発ピストルだった。最初の製品はレバーアクション・リピーティング・ピストル・ヴォルカニック・ピストル(Volcanic Pistol)だ。
 この製品は成功せず、彼らの設立した会社、Volcanic Repeating Arms Companyは、オリバー・ウィンチェスター(Oliver Winchester)に売却された。
 ローリン・ホワイト(Rollin White)の貫通シリンダー(bored-through cylinder)のパテントを入手し、再び会社を興した二人は、S&W Model1リボルバーを市場に送り出した。これがスミス&ウェッソン(Smith & Wesson: S&W)社とコルト社のライバル関係の始まりだった。
 19世紀末のファイアー・アームズ自動化の流れに、いち早く乗ったのはコルト社である。当時のジェネラル・マネージャー、ジョン・H・ホールの功績だ。
 S&W社はセミオートマチック・ピストルの開発競争には加わらず、静観を決め込んでいた。その間にコルト社は、完成度の高いセミオートマチック・ピストルを開発し、アメリカ合衆国制式軍用ピストルの地位を獲得した。軍用ピストルはリボルバーから、セミオートマチックへ進化したのだ。
 当時、S&W社を引き継いでいたジョー・ウェッソン(Joe Wesson)の意識の中に、この新しい流れに乗らなければならない、という意識が急速に芽生えたと思われる。
 しかし、S&Wは全くセミオートマチック・ピストル設計開発のノウハウを持っていなかった。結果として、ジョー・ウェッソンはベルギー・リエージュのチャールス・フィルベルト・クレメント(Charles P. Clement)のパテントを利用することにした。
 クレメントの持っていた、トリガーガードによりバレルロックをおこなうセミオートマチック・ピストルのデザインをベースに、S&Wは独自のグリップ・セフティメカニズムを組み込んだ。
 1913年、S&Wは最初のセミオートマチックピストルをリリースすることができた。S&W M1913,または1913, M35などと呼ぶ場合もあるが、正しくは、S&W 35 Automatic Pistolである。

 使用弾薬は35S&Wだ。大口径のセミオートマチック・ピストルは既にコルトが、制式軍用ピストルの座を獲得している。いまさらこれに対抗するものを開発しても無意味だ。そこで民間市場を狙ったのだろう。その選択は間違っていない。しかし、ヨーロッパを含めて、広く普及している弾薬を採用せず、独自の弾薬を作ったことは失敗だったといえる。
 ジョン・モーゼス・ブラゥニングが開発した25ACP, 32ACP, 380ACPは、ロッキングメカニズムを持たないブローバック式セミオートマチック・ピストルの標準口径として、普及が進んでいた。そしてアメリカではコルト社がこれらの弾薬を使用するピストルでビジネスを展開していた。ACPとはAutomatic Colt Pistolの略だ。
 できれば、ライバルのコルトとは同じ弾薬を共用したくないと考え、35S&Wという新しい弾薬を開発したと考えるのが普通だ。当初、32ACPとするはずだったが、若干の不具合があったので、独自の弾薬を採用したと、後の研究者は言っている。しかし、本当のところは、コルトの弾を使いたくなかったからだと考える方が自然だ。
比較データ .32ACP .35S&W 差(インチ) 差(ミリ)
Bullet diameter 0.309" 0.309" 0" 0mm
Neck diameter 0.336" 0.345" 0.009" 0.2286mm
Base diameter 0.336" 0.346" 0.01" 0.254mm
Rim diameter 0.354" 0.348" 0.006" 0.1524mm
Case length 0.68" 0.67" 0.01" 0.254mm
Cartridge length 1.03" 0.97" 0.06" 1.524mm
 現実に32ACPと35S&Wはほとんど性能的な差は無い。弾丸径(bullet diameter)は0.309インチで全く同じだ。薬莢先端部径(Neck diameter)は35S&Wが0.345インチ、32ACPが0.336インチだ。薬莢底部径(base diameter)は35S&Wが0.346インチ、32ACPが0.336インチで、どちらもほぼストレートケースと言って良いだろう。リム部径(rim diameter)は35S&Wが0.348インチ、32ACPが0.354インチで、35S&Wがリムレス、32ACPがセミリムドであることがわかる。ケース長は35S&Wが0.67インチ、32ACPが0.68インチとほぼ同じだ。カートリッジの全長は35S&Wが0.97インチ、32ACPが1.03インチでその差はわずか0.06インチ(1.52mm)だ。
このわずかの差で性能差がでるとは思えない。

 グリップ前面トリガーガード下部、フロントストラップ部に右側にシフトしてグリップセフティがある。また目立たないが、グリップのバック・ストラップにスライド式のマニュアルセフティがある。上にスライドさせるとセフティ・オンで、下にスライドさせると、セフティ・オフだ。バックストラップ部にあるが、バックストラップ左側とメインフレーム部との間に挟む形で存在し、銃の右側面写真ではほとんどその存在が見えない。極めて薄く作られ、操作しやすいものではない。
 この位置にマニュアル・セフティがあるのは、このモデルのハンマー構造が独特で、ハンマー下部に別パーツがリンクされ、そのリンクされたパーツに対し、シアーが掛かっている構造に由来する。このマニュアル・セフティは、そのリンクパーツに働きかける構造だ。そのため、通常より低い位置に設置された。
 コルトM1911のマニュアルセフティの位置が、セミオートマチック・ピストルのもっとも理想的ポジションだと考えた場合、このS&Wのマニュアル・セフティの位置は低すぎる。
 M1911と同じ位置にマニュアル・セフティを置こうと思っても、このS&Wの場合は、その位置にハンマーその物が存在する。バレル上部にリコイルスプリングを設けたため、バレル軸線が下がり、ハンマーも必然的に低い位置になった。
 トリガーガードのフレームとの接点は2箇所であるが、上に位置する点(A:ピンが見える)を基点に、下側に位置する接点を引き出すと、バレルアッセンブリーとトップレシーバーが上にティップアップする構造だ。トリガーガードを動かして分解を行なう銃は、ワルサーPPKにが有名だが、PP/PPKと異なり、下側が回転する。
 バレルアッセンブリーとトップレシーバーが上にティップアップする際の基点は、リアサイト部にあるスクリュー(B)である。
  発射時、あるいは装填時に作動するのは、ブリーチボルトのみで、アッパーレシーバーは動かない。写真の縦セレーション部のみが動くというわけだ。

 左側から見たとき、ブリーチボルト前部に細長い突起があることが見て取れるであろう。右側には、それより小さいものが2個見える。
 これは他の銃ではほとんど例を見ないリコイルスプリング・ディスコネクターだ。弾丸を装填する際に、第一弾をチャンバーに送り込むために、スライドやボルトを引く。この時、スライドやボルトはリコイル・スプリングのテンションが掛かっている。
 このリコイルスプリング・ディスコネクターは、このスライドを引くときのスプリングのテンションをゼロにするものだ。左側からこの細長い突起を押し込むことで、リコイルスプリングのテンションがブリーチボルトから外れる。そうすれば、ブリーチボルトは簡単に引けるようになる。そしてブリーチボルトを前後させチャンバーにマガジン最上段の弾薬を送り込む。その際に掛かるテンションは内蔵ハンマースプリングのテンションだけだ。だからブリーチボルトの前進は、完全に手動でおこなう。
 チャンバーに弾薬を装填したら、今度は右側から突起を押し、リコイルスプリングがブリーチボルトに働くように戻す。
 なぜこのような複雑なメカニズムを設けたのだろうか。おそらくセミオートマチック・ピストルを製造したことがなかったS&Wは、ブチーチボルトの操作が思いのほか、重いと感じたのだろう。スライドカバー一体型であれば、それほど操作し難いと感じなかったかもしれないが、この35オートマチックは構造上、ブリーチボルトが引き難い。それゆえ、ボルト操作時にはスプリングのテンションをカットすることを思いついたのであろう。
 しかし、これは危険な構造だ。ブローバック・システムはリコイルスプリングとブリーチボルト(スライド・カバー)の重さだけでロックしているに過ぎない。もし、リコイルスプリング・ディスコネクターの操作を誤り、スプリングのテンションをキャンセルしたまま射撃したなら、かなりの危険が射手と周囲の人を襲うだろう。

 この銃は商業的に失敗した。特殊な弾薬を使用したことが最大の失敗だったと思われるが、それだけではない。同じ米国市場に、コルト・ポケットモデルM1903,M1908(32ACP .380ACP)が存在し、こちらはブラゥニング設計の傑作モデルだ。そしてS&W 35オートマチックはコルトに比べて、ずっと高価だった。
 S&Wオートマチックは、何度か小改良が加えられている。コンチネンタルタイプのマガジン・キャッチは前後作動する通常型であったが、1914年、左右にシフトさせるものに切り替わった。もっとも、これが操作性を向上させる改良だったとは思えない。
 1915年4月から1916年6月まで、S&Wは第一次大戦でイギリス軍に納入するミリタリー・リボルバーの製造に忙しく、35オートマチックの製造は中止された。
 その後、製造は再開されが、販売数は一向に伸びなかった。1920年、セミオートマチック・ピストル製造の推進者であった社長のJoe Wessonが亡くなった。その結果、1921年、35オートマチックの製造は中止された。この間の生産数は、わずか8,350丁である。

 しかし、S&Wはセミオートマチックを完全に諦めたわけではなかった。後任社長のハロルド・ウェッソン(Harold Wesson)は、35オートマチックの改良を命じ、社内の技術者、エド・ポメロイ(Ed Pomeroy)がそれを実施した。
 全体のデザインを見直し、すっきりシンプルにすること、しかし、既存の35オートマチックのパーツをできるだけ活用することが、エド・ポメロイに与えられた課題だった。

 ブリーチボルトはやめ、一般的なスライドカバーが採用された。その結果、改良型の右側面には35オートマチックには無かったエジェクションポートがある。
 操作しづらかったグリップ後部のマニュアル・セフティは省略された。販売上の障害のひとつ、特殊な35S&W弾薬から、一般的な32ACPを使用するよう改められた。改良型はS&W .32 Automatic Pistolとよばれた。
 この結果、.35S&W弾薬は、唯一S&W.35オートマチックだけに使用された弾薬となった。
 改良型は、S&W .32Automaticと呼ばれた。しかし、販売上のもう一つの問題である価格にまでは改良が及ばなかった。コスト高は如何ともし難く、販売価格はライバルのコルト32オートマチックの約3倍だった。
 性能的に何もアドバンテージが無いにも関わらず、価格が3倍である。当時、コルトの民間市場向け製品の仕上げは極めて良かった。クラフトマン・シップが生きていた時代だ。その点でも差を付けるのは難しい。アメリカ市場におけるピストルは、実用品だ。高額商品がウケるという市場環境では無い。
 改良型S&W .32Automaticは1924年に発売したが、全く売れなかった。在庫が膨らむので960丁生産したところで、製造を中止した。
 しかしこの960丁を売り切るまで、なんと11年の歳月を要したのである。
 1937年、やっと在庫を売り切ったS&Wはカタログからこの32オートマチック・ピストルを外した。
 S&Wが再び、セミオートマチック・ピストルの分野に挑戦するのは第二次大戦後のことである。

2007年5月23日
Satoshi Maoka

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