ハリー・キャラハン伝説 By Satoshi Maoka Photo by Toshi
2006年1月3日、Harry Callahanのスペルが間違っているとのご指摘を頂きましたので、修正させて頂きます。Harry Charahanではなく、Harry Callahanが正解です。ご指摘ありがとうございました。
“ハリー・キャラハン(Harry Callahan)”、 クリント・イーストウッドが1971年に映画「ダーティ・ハリー(Dirty Harry)」で演じたヒーローの名前だ。
サンフランシスコ市警察の刑事ハリー・キャラハンが、異常な殺人鬼スコーピオを追い詰めていく。このシンプルな映画は、大ヒットし、その後、ハリー・キャラハンを主役とした映画がシリーズ化されて、第5作まで作られた。
この映画の主役は、言うまでもなくハリー・キャラハンであるが、もうひとつの主役として、彼の手に握られていたS&W M29 44Magnumを忘れる事は出来ない。この映画が作られる前、アメリカの刑事が持つ銃は、リボルバー、それもほとんどの場合、銃身の短いスナッブ・ノーズ・リボルバーであることが、アメリカ映画の常識であった。
もしハリー・キャラハンの手に握られていた銃が、M29ではなく、小さなスナッブ・ノーズ・リボルバーだったら、果たして第5作まで続く映画となっていたどうか、かなり疑問だと思う。
巨大なリボルバーを手に、犯罪者を追い詰める非情の刑事、この映画はS&WM29無くしては成立しなかったのかもしれない。
製作からすでに33年、もはや古典といっても良い映画ではあるが、その中に登場した銃を改めて注目してみようと思う。その後、もっと強烈でスピード感に富んだ映画が数多く作られている。しかし、1挺の銃が主役級の扱いで描かれたという例は、その後の映画でも殆ど例がないだろう。
対象とするのは第1作の“ダーティ・ハリー”だけだ。それ以外は,第1作のような強烈な個性が感じられないし,どういうわけか2作目以降は、最後のシーンでハリーが手にしている武器はいずれもM29ではない別のものとなっている。これではハリー・キャラハンの魅力が半減だ。
タイトルは“ハリー・キャラハン伝説”としたが、内容は“古典的名作と呼ばれている映画「ダーティ・ハリーの銃について”だ。ハリー・キャラハンが使った銃と、彼が戦う相手の銃、それらを見つめることで、この“ハリーの戦い”がどういうものであったかが見えてくるだろう。だから“ハリー・キャラハン伝説”なのだ。

ハリー・キャラハンが使ったものと同じ時代のSmith & Wesson M29 6.5"モデル。バレルピンもある。 ホルスターもDirty Harry Holsterとして市販されたもの。
映画のアウトライン
クリント・イーストウッド演ずるサンフランシスコ警察(S.F.P.D)の刑事ハリー・キャラハンが,連続殺人犯と対決する。犯人については,最後まで詳細には語られない。現在の職業は描かれているが,どういう経歴で,なぜ殺人を犯すようになったのか,それについては一切触れられない。スコーピオ(Scorpio)と名乗っているだけで,その本当の名前すら最後まで出てこない。一種の精神障害と思えるそのスコーピオとハリー・キャラハンの対決,これがこの映画のすべてだ。
ハリー・キャラハンは“ダーティ・ハリー”と呼ばれている。別に汚職などの違法行為をしているわけではない。他の警官が嫌がるような,困難な事件を担当する事が多いため,“嫌な仕事”=“汚い仕事”となって,ダーティハリーというニックネームが付いている。
Type 2 Take Down Rifle 二式テラ銃
映画は冒頭から狙撃のシーンで始まる。ビルの屋上にあるプールで泳ぐ白人女性を,さらに高いビルの屋上からスコーピオがライフルで狙撃をするのだ。
このシーンでは、そのライフルはほとんど画面に映らないので,銃の識別は困難だ。正面側から銃口部のサイレンサーとスコープに写る視界がほとんどで,スコーピオの顔すら映らない。トリガーが引かれる瞬間,銃の右側面がアップになるが,ほとんどが影になってしまっている。しかしボルトアクションライフルにしては妙に分厚いトリガーガードとその中に見える突起物がシュリエットになって見ることが出来る。光が選択的に当たっているボルトハンドル部は鮮明だ。しかしこのシーンは一瞬で終わる。銃を特定するのは困難だ。
その後,スコーピオはサンフランシスコ市を相手どって現金を要求してきた為,警察が市長に捜査状況を報告するシーンがある。この時,狙撃地点で発見された空薬莢と被害者を死に至らしめた弾頭から,この銃は30-06,ライフリングは7本右回転であることが判明する。現場から長い30-06の空薬莢を発見するシーンもある。
その後,2度目の狙撃シーン(この時は未遂)があり,狙撃ライフルがしっかりと映し出される。最初,スコープだけを外して,標的を探していたスコーピオはやがて満足の笑みを浮かべて,銃を取り出す。なんとこの銃は,レシーバー部で2つに分解出来るテイクダウン(take down)ライフルだったのだ。ケースからまずバレル・アッシー(バレルとフォアエンド部)を取り出し,マズルにサイレンサーを装着する。全長が短く,あまり消音効果がなさそうなサイレンサーである。通常の30-06を使用するなら,どんなに撃発音を小さく出来たとしても,音速を超えた時に発する衝撃波は消すことが出来ない。またバレルの外周に差込み,スクリューで固定するサイレンサーの取り付け方法は,間違いではないが,そのスクリューが小さいもののようで,ちょっと固定が甘そうだ。
続いてバレル・アッシーをレシーバー部に差し込み,固定する。取り外してあったスコープを載せ,狙撃準備完了となる。
この銃は我が国の二式テラ銃(Arisaka Type2 7.7mm Take Down Paratroop rifle)を改造したものであると知られている。しかしそれが事実だとしても,改造はかなり大がかりなものである。二式であると識別出来るポイントはレシーバーの接続部にあるテイクダウンピンの頭に着いているリング状のパーツである。これは確かにニ式のもののようだ。それとトリガーガードとその中の突起物だ。二式は九九式の改造品であるのでこの部分は同じ形状である。バレルをレシーバーに差し込む時に見えるバレルのロッキング・ラグも二式のものだ。
しかし後の部分は全く違う。レシーバーの接続部はオリジナルの二式は金属部が多く露出しているが,映画の狙撃銃は,そのほとんどの部分を木部で覆って,ごく一般的なハンティングライフルの形態に近くしてある。ストックは二式とは全く違うモンテカルロタイプとなり,ボルトハンドルもスコープを装着する関係上,別のものに交換してある。
とにかく二式っぽさはほとんど消し去っているのだ。33年前であれば,まだ第二次世界大戦の戦利品としてアメリカに渡った日本軍の銃は比較的容易に手に入ったと思える。そして世界的にも種類の少ないテイクダウンライフルの中では入手しやすかったのだろう。
とにかくこれをもとに極めて映画的な狙撃銃を作り上げた。実際に二式テラ銃をベースにスポーターライフルに改造した事例はある。しかしここまで原型のイメージを消したものでは無かった。
このライフルは映画の中では,この後,サンフランシスコの検事のオフィスに押収品として置かれている状態が映るに過ぎない。
スコーピオの使用したスコープであるが,その映像表現にはかなり問題がある。冒頭に登場したクロスヘアの映像はお粗末だ。画面全体を黒くし,その中心に丸いスコープの視界を見せるものだ。一度でもスコープを使用した者なら,実際にはこういう見え方をしないことは判る。通常スコープは目に密着させない。だから,丸いスコープの視界の周りにも映像を組み合わせるべきだし,今日の映画では,概ねそういう表現をしている。33年も前の映画にそれを言うのは酷かもしれないが。
またスコープの視界は通常は円である(稀に楕円となるものも存在はする)が,この映画のそれは,上下の一部が何故かフラットになっている。僅かなので気にしなければ,大したものではない。
しかしレティクルの形状はちょっと悪い。一般的なスコープの十字レティクルを表している。しかしそれはちょっと太すぎる。ごく一般的なスコープは太いレティクルを持ちながらも,中心部分のみ細くなっている場合が多い。
そして何より、そこに映る対象が大きすぎるのだ。最初の狙撃距離は正確には不明だが,概ね150m,どんなに近くても100m以上ある。実際にこの時,スコーピオはCarifornia Ave.とMontgomery Streetの交差する位置にあるBank of Americaのビルの屋上から,2ブロックは離れたKearny St.のHoliday Innの屋上のpoolを狙撃するのだ。
二次元的に見ても100m以上あるのは確実,オマケにこの狙撃は伏角で行われている。どんなに近くても150mはある。でも距離は100mだったと仮定しよう。スコーピオはどのくらいの倍率のスコープを使用したのだろうか?
仮に9倍のスコープだとする。スコープによって違うが、一般的な画角のスコープだと9倍の場合、100m先の直径5m弱の範囲を見渡すことが出来るものが多い。この時の被害者はプールで泳ぐ女性だ。映像は泳ぐ彼女の半身がスコープいっぱいに映っている。おそらく1.2mぐらいの範囲を捉えていただろう。距離が100mだとすると24倍以上のスコープを使用していないとおかしい。
24倍以上のスコープでは不安定な姿勢(ビル屋上の手すりに乗り出し、斜め下を狙う姿勢)で撃つのはかなり難しいし,24倍を越えるスコープのボディは映画で描かれたほど小さくない。
2度目の狙撃はもっと近い距離と思われる。標的はWashington Squareという公園でアイスクームを食べている黒人青年だ。狙撃はその公園に面したStockton StreetにあるDante buildingの屋上からだと思われる。推定50m。しかし被害者になりかかった黒人青年は、その全身をスコープに捉えられている。
最初の狙撃と比べて明らかに画角が違う。ズームスコープであるならおかしくはないが,当時は24倍以上までをカバーするようなズームスコープは無かった。4倍固定もしくは3-9倍ズームといったものが1971年当時の主流だったと思われる。確証はないがスコーピオのスコープはズームには思えない。
2度目の狙撃時に銃を組み立てる際にスコープを取り付けていたが,当時,着脱してもエイムポイントのずれの少ないマウント及びマウントベースがあったのだろうか?(現在は多数ある)見たところ,ワンピースのマウントベース側に突起(インデックス・スタッド)がありマウントリングに差し込むタイプで,今日のLeupoldのQWの逆のような形式にも見える。とにかくスコープに関しての描写は,かなりいい加減なものだった。
1回目の狙撃の時も2回目の狙撃未遂の時も,かなり風が強い。スコーピオの髪がかなり風でなびいており,これほどの風に中から正確な狙撃をおこなったのなら、スコーピオは狙撃手としての軍事訓練を受けたプロで無ければおかしい。
Smith & Wesson M29
最初の狙撃の後,ハリー・キャラハンが登場,現場検証後,市長への状況説明を行う。その後、キャラハンはホットドッグランチを食べようとなじみのバーガーショップに行って,そこで偶然、銀行強盗に遭遇する。
この映画の最初に見せ場であり,ハリー・キャラハンとその手に握られたM29 .44Magnumの強烈なパワーを、映画を観る人に強烈に印象付けた重要なシーンだ。
ほとんど銃が真上を向くほどのマグナム・ハンドガンのリコイルを表現した映画は、それまで無かったであろう。ごく一部にしか知られていなかった44Magnumはこの映画のおかげで一気にメジャー化し,S&W M29は大いに売れまくった。
ここでは、ハリーに銀行強盗の車が突っ込んで来たが、ハリーは44Magnumでそれを阻止した。これがきっかけなのだと思うが,44Magnumのパワーは、日本ではずいぶん誇張されて知れ渡った。突っ込んでくる車を1発で停止させるというものだ。
わずか240grainの銃弾で,大きな質量を持った車の運動エネルギーをはじき返すことはどう考えても不可能だが,これを信じた人も多かった。または車のエンジンブロックを1発で破壊すると言う人もいた。しかし,この映画を改めて見てみると,決してそんなことはないことが判る。ハリーは突っ込んできた車に3発撃ち込んでいる。1発目はどこに当たったか不明だ。2発目と3発目はフロントガラスを撃っている。ドライバーを狙ったものだ。車はそのため左に逸れ、花屋と消火栓を破壊して横転した。44magnumが車を止めたのではない。ドライバーを撃ったに過ぎないし,車を止めたのは花屋と消火栓なのだ。
路上に倒れた黒人の強盗は、近づいてきたハリーに気付き、落とした自分のショットガンに手を伸ばそうとする。しかしハリーはM29をその男に向けて次の台詞を言った。
I know what you are thinking. Did he fire six shots or only five? Well, to tell the truth, in all the excitement I’ve kind of lost track myself. But since this is a .44Magnum, the most powerful handgun in the world…and would blow your head clean off…you’ve got to ask yourself one question: Do I feel lucky? Well, do ya, punk?
(お前が何を考えているのか判っているぞ。こいつはもう、6発打ち尽くしたか、それともまた1発残っているのか、まあ、こんなところだろう? 正直言って、俺も興奮して数えるのを忘れちまった。だがな、これは44マグナム、世界一強力な拳銃だ。お前の頭なんか、1発で吹っ飛んじまうぞ。自分がツイているかどうか試してみるか?さぁ、どうするんだ、この野郎!)
その言葉で黒人の強盗は反撃するのを諦め,ハリーはショットガンを拾って立ち去ろうとする。するとその強盗は
Hey. I got to know. (おい、どっちなんだ?)
こう呼び止めるのだ。するとハリーは戻ってきて,M29を再び強盗に向けるとハンマーを起こして,狙いを付けるのだ。アッと叫ぶ強盗に向かってハリーは容赦なくトリガーを引く。カチッとハンマーは落ち,もはやM29には弾が残っていない事が判る。
笑って,再び立ち去るHarryに強盗は
Son of a bitch! (ブタ野郎!)
と毒づくのだ。
ハリーは、最初に銀行から飛び出してきたショットガン男に警告を発するが、抵抗したので1発撃って倒す。2人目が車に飛び込む時にもう1発撃ったが、今度はハズレた。車に3発,そして横転した車から逃げ出した2人目の犯人を倒すのに1発。これで6発だ。M29は確かにカラである。
最初の男がShotgunで反撃したとき,ハリーは被弾した。右足に数発散弾が当たったようだ。その直後、ハリーは相手を倒している。この時の射撃距離は推定35mだ。
35mと推定したのはハリーはその場所から,約55歩で,倒れている男のところまで歩いていったからだ。長身のハリーの歩幅はゆっくり歩いた時、概ね0.68mと推定される。しかし被弾したのだ。ほとんど痛そうな表情はしていないので,歩行にはさほど支障は無いようだが、若干、歩幅は小さくなると考え、約0.6mとした。0.6mで55歩だとすれば約33mだ。そこから男が倒れた場所までが1.5m,そうすれば概ね35mとなる。
犯人が使ったのは22インチ程度の短いバレルのショットガンだ。おそらくシリンダーバレルだろう。撃ちだされた散弾のパターンは35mで直径2m弱に広がると思われる。犯人はかなり小さなショットペレットの散弾(7 1/2程度か)を使ったと思われる。被弾は右足だけ,それも歩くのにほとんど支障がない程度であるので,道路に当たった散弾の跳弾によるものか,あるいはパターンからはずれた数発のみを受けたという状態かもしれない。Buck shotだったら、こんな程度の傷では済まないはずだ。
しかしここで映画は一つ,ミスを犯している。呼び止められたハリーは戻ってきてハンマーを起こしながらM29を向ける。シングルアクションにしたはずなのに,トリガーを引いた時,シリンダーが回転した。すなわちダブルアクションでトリガーを引いた事になる。これは撮影と編集のミスである。
このarticleを載せた後、興味深いmailを頂いた。ハリーは5発しか撃っていないという。DVDでは確かに6発の銃声が記録されている。しかし、この映画が製作された時、5発撃ったことになっていたということだ。何者かが、つじつまを合わせる目的で、映画の公開後のある時期、1発分の音を追加した。これが事実かどうか、私には確かめることができなかった。
しかし、納得できる要素はある。ハリーは突っ込んでくる車に3発発射した。少なくとも3発の銃声は映画に記録されている。しかし、ハリーが3発撃つところは画面では見られない。車のフロントグラスには2発の弾痕が見える。3発撃ったとしたら、1発は弾痕不明なのだ。
最初の1発目と2発目はハリーが撃つシーンがある。横転した車から逃げ出す犯人を撃つシーンもある。とすると容易に1発分の音を追加できるのは、車への射撃のシーンだけだ。
ハリー・キャラハンほどの人物が、犯人に近づく際に空の銃を持って近寄るだろうか。何発撃ったか判らなくなったはずもない。19連発ならともかく、これはリボルバーだ。
ハリーはあと1発残っていると知っていた。そしてハンマーをコックして決め台詞を吐いた。犯人が抵抗を諦めたので、ハンマーを戻した。その後、犯人が“Hey. I got to know.” と言ってきたので、それならと思ったハリーがトリガーを引いた。そのときはもう1/6回転進んでいるので、ハンマーノーズは使用済みのプライマーを叩いたわけだ。
こう考えれば、辻褄が合う。監督ドン・シーゲルはハリーがハンマーを戻すシーンを省いた。必要ないと思ったのだろう。ところがハリーが実は5発しか撃っていないことに気付いた映画関係者が、1発分の音を追加した。これが真実なのかもしれない。
私が最初にこの映画を見たのは、ロードショー公開された時だ。そのときはハリーが何発撃ったか、私は数えていなかった。数年後、テレビで見たとき、ハリーが何発撃ったか、数えた記憶がある。確かに6発の銃声が記録されていた。誰かが1発分追加したとしたら、その間だったかもしれない。あるいは日本公開の時点で、もう1発追加されていたかもしれない。確認はできなかったが、なんとなく納得できる情報だ。
この映画は、ピストルの両手保持射撃を、銃に興味がない一般の人達にも定着させたように思われる。それまでは、“ピストルは片手で撃つもの”、という認識が強かった。両手で銃を構え,腰を少し落として安定させた射撃姿勢がマグナム・リボルバーの射撃スタイルというわけだ。映画のポスターなどでも、ハリー・キャラハンがこの姿勢で銃を構えるシーンが使われていた。
しかし実際には、多くのシーンでハリーは片手でM29を撃っている。また両手で撃つ場合にも右手で銃を握り,左手は手首を握ったスタイルの場合と,右手に左手をかぶせる一般的なダブルハンドホールドの場合とがあった。前者は銃を安定して構える事は可能であるが,銃の撃ち方としてあまり一般的ではない。
この映画を撮影する前にクリント・イーストウッドはS&Wのインストラクターに44Magnumの射撃法の指導を受けたらしい。そのときのS&Wのインストラクターがこのような手首を握る射撃法を指導したのだろうか?
些細な事ながら銀行強盗のシーンではもう一つミスがあった。横転する車から逃げた男を撃ち倒した時,ハリーは右手に左手をかぶせるダブルハンドホールドで撃っていた。ところがリコイルで跳ね上がった銃を下ろすシーンで,何故か左手は右手首を握っている。
片手で撃つシーンでは大きなリコイルがより強調されている。特にKezar stadiumでの射撃は印象的だ。これは映画中盤の見所である。片手でM29を構えるハリーの姿がスタジアムの照明を浴び,鮮やかに浮かび上がったM29が長銃身のリボルバーであることを強調している。もっともフォーカスはハリーの顔に合っており,M29はボヤけた姿しか映されていないのは残念だ。
その直後,轟音と共に派手にM29が跳ね上がる。この時の射撃距離は推定30m。これはアメリカンフットボールのグランドの大きさとハリーの立った位置,相手の立ち止まった位置から計算した。グランドのほぼ中央,短辺を横切る形で男は逃げ,追いかけるハリーは観客席からグランドに降りてサイドラインを越えない程度の位置に立って撃っている。そのとき,男は2本目のインバウスライン近くまで逃げているので,グランドの2/3ぐらいまで進んでいたことになる。短辺の距離は53 1/3ヤードなので,推定射撃距離を30mとした。男はは立ち止まっているが,ハリーはそこで1発,足を撃った。
間違っても殺してしまうわけには行かない状況で,30m先の足を狙うのはかなり困難である。オマケにその1〜2時間前には立ち上がることも出来ないくらいの暴行を受けているのでコンディションは最悪のはずだ。
ハリーは拳銃射撃にかなりの自信があるのであろう。もっともこの射撃はアメリカではあっても明らかな不当発砲だ。相手は逃走を諦め,立ち止まって手を挙げていた。この状態で撃つのはまずい。
映画の最後,クライマックスで,M29は初めてフォーカスが合った状態でクローズアップで映される。ランプ・フロントサイトやそこに埋め込まれたレッド・インサート,マイクロ・アジャスタブル・リアサイト,そして現在は無くなってしまったバレル固定ピンまでもが鮮明に映される。
ハリーのM29は全くのノーマル仕様と思われる。グリップもオーバーサイズ・ターゲットタイプでGoncala Alves woodだ。この固いグリップで44Magnumを撃つと、私などは手が痛くなってしまうが、当時ラバーグリップを純正で装着するようなことは無かった。リボルバーのグリップはほとんどラバーを標準装備するようになった今日では,このグリップはもはや入手困難と思える。
ハリーは,けっこうシングルアクションを多用している。最初の銀行強盗のシーンでホットドックをモグモグしながら銃を抜いた時,さっそくハンマーを起こしているし,スタジアムに踏み込み際にもハンマーを起こした。最後のシーンでもシングルアクションで撃っている。
リボルバーを使用するにあたり,アメリカの警官はダブルアクションで撃つことを基本にしている。ハンマーをやたら起こせば僅かな指の動きで発砲してしまう為,誤射を防ぐ目的でハンマーはコックしない。アメリカで長い間、リボルバーが公用ピストルとして使用され続けた理由のひとつは、このダブルアクションの持つ安全性にもあった。その感覚はオート主流の今でもDAオンリー仕様という形で残されている。もっとも、ハリーの性格であれば,「シングルにするな」という署内規定があっても無視だったのかもしれない。
Winchester M70 African
教会(Peter & Paul church)の神父を守る際,ハリーは458Magnumのボルトアクションライフルを使用する。日本語字幕ではなんとなくハリーの為に警察が用意したような雰囲気で語られているが,原語ではそのような事は言っていない。署長(chief)は,象を撃つ銃だといって批判的である。これはハリーの私物という設定であったかもしれない。
警察は458Magnumを装備する必要性はない。動物園やサーカスから猛獣が逃げ出すのを想定すれば別だが,人間を対象とした警察活動では458Magnumなど出番はない。今回のケースでも象を撃つようなライフルを使用しないといけない理由など無い。となれば,このライフルはハリーの私物であると推定される。
あるいはハリーの希望で急遽用意された可能性もある。当時は、ひとっ走りすればサンフランシスコ・ガンエクスチェンジが市内にあった。店内の両側面には、数々のライフルが値札付きで立てかけられていた。もっとも、実際のところ458Magnumのボルトアクションライフルは在庫になく、取り寄せなければ、手に入らなかったかもしれない。
この銃はWinchester M70 Africanだ。1971年当時,458Magnumを使用するボルトアクションはRemington M700 Safari, Winchester M70 African, Ruger M77 Magnum, Ranger Arms, American Firearms Grade IV, Browning High power rifleといったmodelが存在した。その数年後にColt Sauer Grand Africanが加わる。.458Magnumは460Weatherbyほどではないが猛烈なハイパワーライフルであり,大物猟にのみ使用されるものである。
Winchester M70 African と確認したのは,署長が銃を確認した際にストックの補強ピンが見えること,また射撃中にネオンの光を受け,一瞬,その補強ピンが2カ所であることが判る為だ。またfore-end tipも通常のM70と違う形状に見える。M70 Africanならそれはエボニー製だ。フロント側のスリングスゥイベルが通常のフォアエンド部になく,バレル側にある。以上のことからこの銃をM70 Africanであると判断した。
スリングスゥイベルをフォアエンドに付けていない理由は強烈な反動で左手の位置がずれて,スリングスゥイベルに当たって痛い思いをする事を避ける為である。この部分はアフリカン・ライフルの特徴だ。しかし、精度を追求した場合、バレルにスリングを付けるのは、好ましくない。しかし象を撃つのなら,精度は1MOAもあれば、じゅうぶんお釣りが来る。
このM70 Africanにはスコープはつけておらず,アイアンサイトで射撃をする。象を撃つにはスコープなど使用しないのが普通らしい。しかしハリーが警備に当たったビルは非常に暗い場所で“JESUS SAVES”のネオンぐらいしか明かりがない。その場所から,いくら標的にスポットライトを当てているとはいえ,アイアンサイトで射撃するのは無謀だ。サイトはほとんど見えないであろう。
この場合,ナイトビジョンを用意するべきだったと思う。予めその時の犯行は夜であると推定されている。それを阻止するために持ち出したライフルだ。どんなタイプであれ、夜間照準装置を用意しないのはおかしい。当時のサンフランシスコ警察はナイトサイトなど全く装備していなかったのだろうか?軍から借り出すことは出来なかったのだろうか?スコープを装備しなかったのは夜間だからだ,として納得出来る。しかしアイアンサイトも夜の闇にとけ込んでほとんど視認不可能だったハズだ。この時,神父を守ることに失敗しているのは,ハリーの銃選択に誤りがあったからだとするのは酷だろうか?
彼の射撃数は7発,再装填のシーンはないし,その映っていない時に再装填したと思える時間はない。M70 Africanのmagazineは3発である。
Scorpioはこの時初めてSMGを使用する。警察は、犯人がまさかそんな銃を持ち出すとは考えていない。2度目の犯行(未遂)の時,彼の銃ケースにはSMGがあるのが映っているので,彼の武器はテイクダウンライフルだけでないことは映画の観客は判っているが,ストーリーの中の警察はそれを知らない。今回もライフルによる犯行だと思いこんだことが、警察が火力で圧倒されてしまった要因だろう。
このときの射撃距離はかなり近い。ハリー達が警備に使用したビル名は特定していないが,位置的にはFelbert Streetを隔てただけの至近距離で,推定40mだ。ライフルなんか持ち出さなくてもM29で十分である。ハリーが458Magnumを持ち出す必然性は無い。セミオートライフルであれば、又はナイトビジョンサイトを装備していれば、この後の犯行は未然に防げた可能性は高い。
M70 Africanがハリーの私物ではなく、急遽用意されたものだとしたら、まずはサイト合わせが必要だったはずだ。もちろん映画の世界で、そんなシーンを入れるのは妥当ではないだろうが。ボア・サイティングだけでこの銃撃戦に臨んだとしたら、それも警察が失態を犯した原因のひとつだとも言える。
MP-40
スコーピオのSMGは神父殺害の際,鮮明には映らない。また次のMt. Dividson parkでもあまり鮮明でないし,正面側のものばかりで側面の映像が出ないのだ。しかし2度目の狙撃時に出てくる彼のガンケースに収まったSMGが一瞬映る。どうやらあれはMP-40らしい。一瞬の映像とboltは左側面にあり,長いレシーバーを持っていることからMP-40と考えられる。
MP-38でないことはアッパーレシーバーにフルート加工がないことから明らかだ。また丸いボルトハンドルの形状からみてもMP-40と見て取れる。しかしボルトには問題ありだ。ハリーを撃とうとしてボルトを引くシーンがあるが,MP-40ならボルトハンドルは後退位置で停止しなければならない。しかしこの時のボルトハンドルは引かれた後,前進位置に戻ってしまっている。オープンボルト形式のSMGでもボルトとボルトハンドルが連動しない例もある。たとえばUZI SMGなどだ。しかしMP-40ならボルトハンドルは後退位置で保持される状態で射撃準備完了となる。一瞬のシーンでありほとんど気付かない部分ではあるがここは残念だ。
スコーピオのSMG射撃は常に腰の低い位置に銃を構えており,決してポイントショルダーにはしない。そしてかなり斜めに傾けて射撃をする。左手でマガジンの低い位置を握り,あたかもSTEN SMGを撃っているかのような射撃姿勢だ。そしてこのSMGの連射サイクルは妙に早い。MP-40は500発/分である。本来ならもう少し遅くないといけないはずだ。
MP-40 SMGは1960年代にはかなり多くの映画に登場した。戦争映画はもちろんだが,当時の現代物(へんな表現だが)にも盛んに使われている。しかし70年代以降はWWIIを舞台にした映画以外にはほとんど使われなくなった。MP-40が古い世代のSMGとなってしまったからであろう。代わってアメリカ映画に登場してきたSMGはウージー,S&W M76,イングラム,そしてその後はMP-5となった。1971年の“Dirty Harry”はMP-40が現代物に使われた最後の世代といえる。
スコーピオは角張ったトランクケースに、テイクダウン・ライフルとこのMP-40を入れていた。二式テラ銃は 約4kg, MP-40が3.7kgで合計7.7kgだ。いずれも乾燥重量であり、MP-40用のスペアマガジンが数本あることが見える。おそらくいずれも9mmパラベラムがフルロードになっているだろう。二式もスポーター型に作り変えた際に重量増加となった可能性はある。それにスコープやサイレンザーが収まる。すると彼のトランクケースは10kgを軽く越えていたと思われる。片手で持って歩くとしたら、けっこう辛い重さだ。
Walther P-38
スコーピオはリカーショップ(酒屋)の主人からP-38を奪って使用する。この時、彼は銃の選択をする余地はない。襲った相手が持っていた銃を使うしかない。P-38であったことについて、彼はどう思っただろうか。
思いのほか良い銃に出くわしたと思ったか、「チェッ、9mmパラか、もっと強烈なヤツはないのか」と思ったか。
このP38がミリタリー仕様なのか,戦後インターアームズが輸入したコマーシャルモデルなのかはハッキリしないが,グリップの色から判断するとコマーシャル仕様のように思える。当時はまだ戦前戦中のP38が中古市場に数多く出回っていたらしい。また新品のコマーシャルモデルも、まだドイツの人件費高騰やマルクの為替レートの変動が起こる前であった為,比較的安い値段で米国で販売されていた。Walther製品の販売価格が上がってしまって市場での競争力を失うのはもっと後の事だ。したがって何度も強盗に入られたリカーショップの主人が自衛用にP38を買って持っていてもおかしくはない。
このP38でスコーピオはハリーと撃ち合うのだが,ハンマーがちゃんとコックされた状態の時と,ハンマーがデコック状態でDAで撃つという場合の時が混ざっている。スコーピオという人物が,安全を考えてこまめにデコッキングしているというのなら良いが,どうみてもそんなタイプではない。
人質の頭にP38を突きつけた時もハンマーはDA状態だった。まあ,シングルアクションのガバメントをハンマーダウンの状態のまま構えて撃つ映画が現在でも少なからずあるので,それに比べればDAオートなので目くじらを立てる事ではないだろう。
警察活動における44Magnumの使用について
かつてアメリカの警察官の拳銃といえば,リボルバーであることが常識であった。現在ではオートマチック装備が当たり前であり,リボルバーを装備した警察官を見る機会はほとんどない。
「ダーティ・ハリー」が制作された1970年代前半,警察活動で拳銃を使用する場合,平均発射弾数は2.6発,射撃距離はほとんど6ヤード以内であった。であるならば拳銃はリボルバーで十分であり,銃身長も2インチから4インチが妥当であろう。その後,6発で決着が付かなかった上に弾切れで警察官が殉職するという事件が何度も起こり,スピードローダーを装備する等の対策が図られたが,結局,警察拳銃はオートマチックに変わっていく。しかし1971年当時はリボルバーが主流である。
オートマチック化した後は,使用するモデルが限定される場合が多くなったようだが,リボルバー時代はS&W,もしくはColtであれば警察官本人が銃を選択することが可能であった場合が多い。ポリス・デパートメントによっては強力過ぎるという理由で357Magnumの使用を認めない場合もあったが使用する装弾は38Special,または.357Magnumが常識であった。44Magnumが警察官に全く使われなかったというわけではない。1967年,あるポリス・デパートメントで212名のポリス・オフィサーのデューティ・ウェポンを調査した結果,
12名 .38Special
195名 .357magnum
3名 .41Magnum
2名 .44Magnum
となった。僅か2名(1%以下)であるが44Magnumを使用している。“ダーティ・ハリー”の公開後であれば,映画の影響を受けたミーハーな(?)ポリスがいたという可能性もあるが,それより4年も前の事だ。したがってハリーが44Magnumを使用するのは全くあり得ない話ではない。
44Magnumを使用する場合,6.5インチという長いバレルはバランスが良好であるが,実戦用として考えた場合,ちょっと長すぎると思われる。被疑者に拳銃を向けた場合,その銃身を掴まれてしまう可能性が少し高くなる。格闘になった時,銃身を掴まれてしまうのは致命的だ。しかし当時のポリスオフィサーは.357magnumの6インチモデルを装備している場合がかなり多かったので,あまりこれは問題視はされていなかったのだろう。しかしこれは制服の場合であり,服の下に拳銃を隠さなければならないアンダーカバーとなれば話は違う。
射撃後のリコイルが極端に大きい銃は現在、Duty Weaponとして好まれない。エイミング・リカバリーが遅れ次弾の発射まで時間が掛かる。複数の犯罪者を相手にした場合、これは命取りだ。ダブルタップ、トリプルタップで有効弾を相手に浴びせて倒すことが現代の射撃法だ。もはや44Magnumは公用ピストルとして適切な銃とはいえない。
不本意ながら,映画のあら探しのような分析になってしまった。映画の中の銃描写は,所詮はこの程度のものなのかもしれない。しかしこれは観て楽しむ為の映画であり,銃を正確に描写をすることを目的としたものではない。観客が楽しめれば映画として成功であり,「ダーティ・ハリー」は大成功した映画だ。銃の扱いが多少おかしくてもほとんどの観客はそれに気付きはしないし,銃に詳しい者でも1回観ただけでは、細部におかしな点があってもそれには気付くことはほとんど無い。
映画としては非常に面白いし,アクション映画史上に名を残す傑作であろう。未見の方はぜひビデオ,DVD等でご覧になることをお奨めする。もっともCGを多用した現代のアクション映画のような迫力やスピード感はない。古典的な正統派アクション映画だ。
もし今、“Dirty Harry”がリメイク(再映画化)された場合、銃は何を使うだろうか。当時は世界最強といった44Magnumも、いまや世界第何位というレベルまで順位を落としている。世界最強と謳うなら、新ハリー・キャラハンはS&W M500を持たなければならない。しかし、これを振り回す刑事というのでは、なんとも非現実的だろう。
ハリウッドでは多くの映画がリメイクされている。33年前のDirty Harryもその候補としては適当だ。しかし、ハリーの使う銃を何にするかという問題で、リメイクに二の足を踏んでいる、というのは考えすぎだろうか?
May 30, 2004
Satoshi Maoka
July 28, 2005 Revised
Jan.3, 2006 Revised
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