Her Majesty's Sniping Rifle 女王陛下の狙撃銃 by Satoshi Maoka Photo by Masami Tokoi

   The sighting telescope on the standard British L42A1 Lee-Enfield sniping rifle

 スコットランド生まれのアメリカ人、ジェームス・パリス・リー(James Paris Lee)は1879年、垂直型弾倉(vertical magazine)を使用するリー・ターンボルトライフル(Lee turn bolt rifle)を設計しパテントを取得した。
 これをイギリス軍に売り込んだものの、採用される様子がないことから、リーはレミントン・アームズにこの新しいライフルの製造を持ちかけた。レミントン・アームズはリーのボルトアクションライフルをアメリカ軍に売り込んだ。しかしアメリカ海軍が少数をテスト用として購入したものの,陸軍が興味を示すことは無かった。このときレミントンは、中国、日本、キューバ、スペインに対してもリー・レミントン・ライフルのセールス活動を行っている。
 1883年になって,イギリス軍はやっとリー・ボルトアクションに興味を持った。それから1887年までトライアルが続く。その結果、エンフィールド・ロックのロイヤル・スモール・アームズ・ファクトリー(Royal Small Arms Factory at Enfield Lock)はいくつかの改良を加えて1888年12月2日,リー・メトフォード・マガジン・ライフル(Lee-Metford Magazine Rifle)Mark 1として採用した。
 メトフォードの名前が付いたのは,浅いメトフォード・パターン・ライフリングを採用したからだ。しかし1895年,コルダイト(cordite)火薬の腐食の問題で、エンフィールドは深い5本グループのバレルに変更された。これがリー・エンフィールド(Lee-Enfield)マガジン・ライフルMark Iであり,リー・エンフィールド・ライフルと呼ばれるものの最初のモデルとなった。
 これが制定されたとき、まさかこの銃がそれから90年以上にわたって、英国と英連邦国家の軍用小火器として使われ続けるとは誰も思わなかっただろう。
 改良型SMLE Mk1(Short, Magazine, Lee,Enfield Mark1)は1903年7月1日にイギリス軍に採用された。変更箇所はMark Iのバレル長が30.22インチであるのに対し、SMLEは25.19インチに短くなった事だ。歩兵用カービンとして使われることを意図して全長を短縮したのである。
 その後、小改良が数年毎に行われ、1916年、ライフル・ショート・マガジン・リー・エンフィールド No.1 Mark IIIとなった。

                The sighting telescope on Lee-Enfield No.1 Mark III

 1936年にはNo.4が登場した。主な改良点はレシーバー(英国ではbodyという)の強化、孔照門(aperture sight)とフロントサイトを載せるブリッジを高くしたこと、ボルトヘッドのデザイン変更、セフティ形状変更等だ。
 第一次大戦が終結した時点では、英国は優れたスナイパーを擁していたが、平時においても、その技術を維持することは難しい。
 1939年、再びヨーロッパ全体を巻き込む戦争の火蓋が切られる。英国軍は失われたスナイパーの技術を再び取り戻し、また老朽化したスナイパーライフルに変る新しいものを必要とした。この時期、軍需メーカーはイギリス軍の兵器生産に忙しく、スナイパー・ライフルの生産が出来るメーカーは見つからなかった。そこで英国政府は従来、軍の装備品を発注したことのない小さなメーカーと契約した。それがホーランド&ホーランド(Holand & Holand)だ。
 ホーランド&ホーランド(H&H)は1800年代より、最高品質の高級銃を作ってきた。12ゲージのペアガンや375H&H Magnumのダブル・ライフルなどだ。$40,000-などという高級銃も珍しくない。とても軍用銃を作るメーカーでは無かった。
 英国軍のスナイパー・ライフルは新規製作ではなく、Royal Ordnance Factory(ROF)とBirmingham Small Arms(BSA)のNo.4 Mk.1の製造ラインから、特に精度の高いものが選び出され、これをベースに改造によって作り上げられる。
 標準のリアサイトは取り除かれ、スチールスコープベースが取り付けられた。このスコープベースは1挺ごとに調整加工が加えられた。ストックにはチークピースが追加され、フロント・トリガーガード・スクリュー(キングスクリュー)部に特製のスリング・スゥイベルが付く。第二次世界大戦中はカナダのロングブランチとアメリカのサベージアームズもNo.4 スナイパーの製造を行った。
 1942年4月、最初のロットが出荷され、1946年までに23,000挺以上がH&Hから出荷された。パーツと作業費(labor)で1挺あたり5.31ポンドだった。1944年ではこれは$44に相当する。この会社の製品としては、破格の安値だ。しかしホーランド&ホーランドの仕事は素晴らしいものだった。34人のクラフトマンが1942年から1946年までの間、一人平均670挺を生産した事になる。
 No.4 スナイパーライフル正確な呼び名は次の通りである。

Rifle, Number 4,Mark I(T) ,又はRifle, Number 4 Mark I*(T)

 Mark I(マーク・ワン)とMark I*(マーク・ワン・スター)の違いは,ボルトキャッチの形状である。(T)は望遠照準器が付くことを意味している。
 No.4 スナイパーライフルはチークピースが付いていた。No.4ライフルは、当時のミリタリーライフルでは当然のこととしてアイアンサイトを使うことを前提にデザインされている。そのストックのコームはアイアンサイトより高い位置に付いたスコープを使うには低すぎる。簡単な解決策は,補助の木製チークピースを付けることであった。
 当時、ドイツやアメリカ、ソビエトも標準ライフルから発展したスナイパーライフルを使用しており、同様の問題があったにも関わらず,正式にはなにも改善されなかった。スナイパーライフル用として、ストック形状を変更するかチークピースを追加するだけという簡単なことすらされていない。当時、イギリス軍だけがこの改造を行っていたわけだ。その他の国は、スナイパー自身が、何か適当なものをストックに縛り付ける等の改造を行っている。
 スコープは3種類ある。Number 32 Mark I, Number 32 Mark II, Number 32 Mark IIIである。Number 32スコープはもともとBRENライト・マシンガンに使用するために設計されたものだ。しかしLMGにこれらのスコープが装着されることはなく、改良してスナイパーライフル用として使用された。倍率は3倍固定だ。
 Number 4,Mark I(T)及びMark I*(T)はスナイパー・ライフルであったが、特別に高精度というものではなかった。
 100ヤードからのグループは3インチ程度で、これは並みのライフルよりもかなり劣るものだ。これはH&Hが悪いのではない。もともとのエンフィールドライフルの精度が、その程度でしかなかったのだ。ところが、長距離射撃では、予想以上の精度をはじき出すことが出来たらしい。使用する弾薬は一般兵士と同じで、スナイパー用は特別に高精度のものを用意したというワケではない。
 第二次大戦後、NATOは標準口径として7.62mm×51を採用した。イギリスはもっと小口径のライフルを推していたが、アメリカの意向で7.62mmがNATO標準口径に決まってしまった。そこでNo.4ライフルは,引き続きスナイパーライフルとして使用されるべく7.62mmNATOにコンバージョンされL39A1となった。その後、さらなる改良が加えられ、1970年L42A1スナイパーライフルとなった。

                           Enfield L42A1

 ヘビーバレルと新しいボルトヘッド,短いフォアエンドとハンドガード,そして再調整されたサイトがエンフィールドロックのロイヤル・スモールアームズ・ファクトリー(RSAF)で組み込まれた。バレルは27インチで、ライフリングピッチは1-12"の4本グルーヴである。使用する弾薬は、スナイパー専用としてELEYのマッチグレードが用意されている。
 303ブリティッシュのリムドケース用ボルトヘッドは,7.62mmNATOのリムレスケース用に交換された。交換されたボルトとボルトヘッドには共に“19T”とスタンプされている。それは19トンのプルーフテストに合格したことを表している。
 L42A1はフォアエンドとハンドガードを短く、これによりバレルをフリー・フローティング化することが出来た。
 3種類のスコープの中から、Number 32MarkIIIスコープだけがL42A1用に選ばれて“Telescope Straight Sighting L1A1”となった。
 その際, 7.62mmNATOに合わせてスコープの再キャリブレーションが行われ,レンジダイアルの表示はメータ表示となった。303口径用のNumber32スコープはレンジダイアルはヤード表示であった。新しいレンジダイアルは大きく“M”の文字が印され、メーター表示である事を表している。
古いスコープの型式名は削り落とされ,新たに“L1A1”の文字がチューブ上にスタンプされた。
 スコープをゼロインする為にダイアルを動かすには、特別なツールは必要ではなく弾頭の先端を使って出来る。
 3倍という倍率は現代のスナイパースコープとしては物足りない。またスコープのノブを回転させるとき,全くクリックが無く,ノブの値を見ないといけないという事は明らかに欠点と言えるだろう。
Enfield 

                  Enfield ENFORCER police sniping rifle 7.62mm

しかし,リー・エンフィールドのもっとも重要な欠点は,出来の良くないトリガーである。お世辞にも感触が良いとはいえない。ライフルにおいてトリガープルの感触は非常に重要な要素だ。銃本体に何度も改良重ねたにもかかわらず、トリガーの改良はついに行われる事は無かった。
 7.62mm×51に改造され、L42A1スナイパーライフルとして使われ始めたころ、イギリス警察もまたNo.4をスナイパーライフル化させた。口径は同じ7.62mmNATOで、このモデルはエンフォーサー(Enforcer)と呼ばれた。
 リー・エンフィールドL42A1スナイパーライフルは、アキュラシー・インターナショナル(Accuracy International)L96A1がスナイパーライフルとして採用されたことで,その数年後の1992年、ついに第1戦戦闘部隊から引き上げられることになった。

リー・エンフィールド・ライフルは、ヴィクトリア女王の時代に採用され、エリザベス女王の時代にその任を解かれ、その長い戦歴に終止符が打たれた。2度の世界大戦と数々の地域紛争に使われ、大英帝国の栄光と凋落を経験してきたことになる。けっして優れた銃ではない。むしろ欠点が目立つ。これほど長く,しぶとく使われたのは頑固なジョンブル気質によるものだろうか。英国人は今でもリー・エンフィールド・ライフルを好み、これで射撃を楽しんでいる。

           Model PM Sniper, Accuracy International L96A1 early version

Postscript: エリザベス女王が1952年に即位してから既に50年が経過している。だから英国は女王の国と勘違いされてしまうかもしれない。しかし、エンフィールドが使用され続けた約100年だけを見ても、ヴィクトリア女王(1837-1901: Queen Victoria)、エドワード7世(1901-1910: Edward VII), ジョージ5世(1910-1936: George V), エドワード8世(1936: Edward VIII), ジョージ6世(1936-1952: George VI),エリザベス女王(1952- : Queen Elizabeth II)と、4代のKingの時代があった。もっとも、Kingの時代は合わせても35年でしかない。いずれにしても、英国の王は女王と決まっているわけではない。

March 25, 2004
Satoshi Maoka

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