The History of German Police Pistols 3-4

                     

Chapter 3 : ワルサー復活 1950-1969
3-1 Page1: 東西分裂、Manurhin Walther PP, PPK、FN M1910, M1922
3-2 Page2: MAB Model D, Walther PP, PPK、BKA, BGS
3-3 Page3: SIG P210-4
3-4 Page4: Walther P-1, Heckler & Koch 4

ピストーレ1(P1:ワルサー・モデルP38 IIピストル, P1:Walther Model P-38 II)
 1955年に西ドイツ政府は、再武装をスタートさせ、ドイツ連邦国防軍(ブンデスベア Bundeswehr:BW)を創設した。
 1957年にドイツ連邦国防軍(BW)は、戦前ワルサー社が開発したモデル・ヘーレス・ピストル(P38)ピストルの改良型を、P1(ピストーレ1)の軍制式名を与えて採用した。
  

 ここで細かいことになるが、ピストルの名称について、正しい呼び方を覚えておこう。筆者を含めて、我々は、ふつうワルサーP38と呼んでいる。
 しかし、もともとワルサーP38という呼び名は、存在していなかった。ワルサー社では、製品名として、ワルサー・モデル・へーレス・ピストーレ(陸軍ピストル)と呼んだ。一方、このピストルを採用したドイツ国防軍(ベアマハト)は、ピストーレ38(P38:1938年型ピストル)の制式名をつけ、原設計・生産会社名のワルサーは名前に入っていなかった。
 このピストルをワルサーP38と呼び始めたのは、どうやら、ドイツの武装を調査整理し、対敵情報マニュアルなどを製作していたアメリカ軍の情報部だったようだ。アメリカ軍の情報部は、ドイツ軍をはじめとする敵対国の装備について、設計者や原生産会社名を割り出すことに長いこと熱中していた。
 この説には、うなずける点が多い。ドイツと同様、敵国としてアメリカの調査対象となっていた日本の兵器も同様である。14年式拳銃に、南部タイプ14ピストル、38式小銃に有坂タイプ38ライフルと名付けたのも、アメリカの軍対敵情報部だった。
 ワルサーP38の名称は、もともと設計・製造者名と、軍名称を繋ぎ合わせた誤った重箱名称だったが、戦後一般化して余りに広く通用するようになってしまった。最後には、メーカーのカール・ワルサー社も、ワルサーP38の名称が一般的になっていたアメリカ市場のことを考え、ワルサーP38を製品名としてしまった。
 しかし、正しくは、カール・ワルサー社の製品名はモデル・へーレス・ピストーレであり、一方、ドイツ軍内での制式名はピストーレ38(P38)だった。戦前戦中に、このピストルを、ワルサーP38と呼ぶドイツ人はいなかった (今では多数存在する)。
 戦争直前ドイツは、スウェーデンにモデル・へーレス・ピストーレを供給した。このピストルは、ゼロ・シリーズのP38と同型ピストルだったが、P38ではなかった。また、戦争中に、ルーマニアに対し、戦時タイプのP38とまったく同一のピストルを輸出したが、スライドにはへーレス・ピストーレと刻印されていた。P38は、ドイツ軍に納入されたワルサー・モデル・へーレス・ピストーレのドイツ軍仕様のものを呼ぶ名称なのである。
 戦後のP1についても同様だ。戦後型のへーレス・ピストーレ、またはP38で、西ドイツ軍に納入されたものをピストーレ1(P1)と呼び、その他のものはワルサーP38 IIと呼ぶのが正しい。
 しかし、あまり細かく正確に記述してもかえって分かり難くなるので、このリポートでも便宜的に、理解しやすさを先行させ、ワルサー・モデルP38 IIピストルとしたり、ワルサー・モデルP1ピストルと記述する。

 西ドイツのドイツ連邦国防軍が、改良型ワルサー・モデルP38ピストル(P1)を選定・採用したのに習い、連邦国境警備隊(BGS)も、SIGモデル210-4ピストルに加え改良型のワルサー・モデルP38ピストル(P1)を制式とした。
 すでに述べたが、P1はドイツ連邦国防軍の制式ピストル名で、一般市販はワルサー・モデルP38 IIピストルの名称でおこなわれた。
 初期のワルサーモデルP38 IIピストルは、戦前と同じくスチールを素材としてグリップ・フレームを製作したが、その後、軽量化と生産性向上のためにグリップ・フレームをアルミニウムに変更した。グリップ・パネルは、初期に生産されたへーレス・ピストーレのグリップ・デザインに近いチェッカー・パターンのものが装備された。
 第二次大戦中に、ドイツ国防軍(ベアマハト)の制式ピストルだったモデルP38ピストルが、ナチス崩壊の後、約12年を経て再び新生ドイツ軍の制式ピストルとして返り咲いた。
 言い換えるなら、この12年間の間にモデルP38ピストルより優れたミリタリー・ピストルが、ドイツを含めて開発されなかったということだ。それほどモデルP38ピストルは、軍用ピストルとして先進性をもって設計されていた証明でもある。
 第二次世界大戦中に製造されたモデルP38ピストルは、必ずしも品質が整っていたわけではない。とくに製造が粗雑になった戦争末期の製品では、射撃中にスライド・カバーやリア・サイトが脱落するものがある。
 戦争末期、とくに1944年に入ってからの製品は、連合軍の爆撃をさける工場移転や、多数の下請け工場を動員しての部品生産がおこなわれ、製造上、工作精度を維持し続けることが難しくなっていた。
   

 戦後型のワルサー・モデルP38ピストルは、爆撃など心配する必要がなく、一貫生産によって、このような欠陥はない。
 本連載は、基本的にドイツ各州の警察ピストルについてのものだが、州警察の装備でないものの、警察機構の一部の連邦国境警備隊(BGS)によって採用されたところから、ワルサー・モデルP38 IIピストル(P1)も掲載した。

ヘッケラー&コッホ・モデルHK4ピストル (Heckler & Koch Model HK4)
1960年代後半になると、西ドイツの多くの州警察は、ほとんどワルサー・モデルPPKピストルとモデルPPピストルによる装備に統一されていた。(中でもワルサー・モデルPPKピストルの占める割合が圧倒的に多かった。)
 それ以外の旧式化したアストラ・ピストル、ユニーク・ピストル、FNモデル1922ピストル、MABモデルDピストルなどは、いずれも耐用年数を超えた時点で売却、もしくは破棄された。ドイツで製造され、メインテナンスや部品調達などの心配のない、最も高性能であったワルサー・ピストルが、それら旧式ピストルに代わって更新用ピストルとしてとして納入された。そのため、カール・ワルサー社は、一時期、西ドイツの軍や警察の公用ピストルの生産を独占する勢いだった。
 カール・ワルサー社に勢いをつけたのは、官需だけでなかった。映画007シリーズが公開され、その中でショーン・コネリー演ずるジェームズ・ボンドが、使用するピストルを,ベレッタ・モデル1934ピストルからワルサー・モデルPPKピストルに交換したことで、民間でのワルサー・モデルPPKピストルの売上げも急上昇した(フレミングの原作で登場するBerettaは、モデル1934ピストルではなかった)。
 しかし、時代は変わる。
 ワルサー社が主力商品としたモデルPPKピストル、モデルPPピストル、そしてモデルP38ピストルは、いずれも第二次大戦以前に開発された製品だった。常にトップを守ることは容易でない。ワルサー社の官需ピストル独占は、小さなところから崩れ始めた。
 第二次大戦終結後、約2年間フランス軍のための銃器工場として稼動した南ドイツ・オーベルンドルフ・アム・ネッカーにあったマゥザー(Mauser)社は、その役割を終えると、爆破・解体された。
 オーベンドルフ・アム・ネッカーの町の元マゥザーの社員達は、新たな職場を求めてヨーロッパ中に散っていった。
 中には、オーベルンドルフ・アム・ネッカーの町に残ったエドモンド・ヘッケラー、セオドー・コッホ、アレックス・ザイテルのように、地元で新たな企業を起こす人々もいた。
 彼ら3人は、1949年に縫製用ミシン(sawing machine)の部品を製作する工場として、ヘッケラー・ウント・コッホ(Heckler & Koch :HK)社を設立した。
 この会社にスペインの新兵器開発期間のセトメ(Centro de Estudio Technico de Materiales Especiales : CETME 特殊機材研究所:スペイン政府の兵器研究機関)から、セトメで働いていた元マゥザー社の技術者ルドウィック・フォルグリムラーを通じてアサルト・ライフルの部品発注が舞い込む。
 この部品発注がきっかけとなり、H&K社は、セトメ・アサルト・ライフルに深い関係をもつようになり、それが後のG3アサルト・ライフルの開発につながることになる。G3アサルト・ライフルの開発経緯は、この連載と直接関係ないのでここでは述べない。
 

 ヘッケラー&コッホ社が最初に手がけたピストルが、モデルHK4ピストルだ。
 H&KモデルHK4ピストルは、H&K社の母体ともなったマゥザー社が、戦争中に生産していたマゥザー・モデルHScピストルを、近代化させたモデルだった。
 モデルHK4ピストルは、スライドをシート・メタル(鋼板)をプレス加工して成型、溶接して完成させた。グリップ・フレームは、軽量化と製造効率向上のためアルミニウム合金を使用した。これら製造技術や素材は、当時として革新的なものだった。
 さらにモデルHK4ピストルは、バレルとリコイル・スプリング、マガジンを交換することにより、.22LR、.25ACP(6.35mmX16SR)、.32ACP(7.65mmX17)、.380ACP(9mmX17)の4種類の弾薬を、いずれも使用することができた。(22LRのみリム・ファイア弾のため、ブリーチ前面部分を入れ替える必要があった。)
 この特徴は、銃の購入台数に制約のある国にとっておおきな意味をもっていた。
 H&K社のモデルHK4ピストルは、マゥザー・モデルHScピストルとよく似た構造を備えていた。トリガー・ガード内部の先端部分にスライド分解用ラッチが装備され、容易に分解操作がおこなえる。原形となったマゥザー・モデルHScピストルの細部にわたって見直され、H&K社製のモデルHK4ピストルでは、グリップ・フレームのデザインが変更されて全体的に太くなり、モデルHScピストルより握りやすくなっている。
 

 量産型モデルHK4ピストル。初期型と比較してスライドのセレーションのデザインが異なる。しかし、この画像は西ベルリン警察で使用するために特別に作られたものだ。西ドイツ製ピストルを持ち込むことが禁止されていた特別区西ベルリンで使用するために、フランスのMASで組み立てられた。MASの刻印に注目して頂きたい。

 1960年代後半に登場したモデルHK4ピストルは、近代的な設計ながら、ドイツ警察のごく一部が採用しただけに終わり、ワルサー・モデルPPKピストルの警察ピストル独占を揺るがすまでにいたらなかった。
しかし、1970年代に入って、警察がワルサー・モデルPPKピストルを使用し続けることができなくなる事態が発生する。

                    

Chapter 3 : ワルサー復活 1950-1969
3-1 Page1: 東西分裂、Manurhin Walther PP, PPK、FN M1910, M1922
3-2 Page2: MAB Model D, Walther PP, PPK、BKA, BGS
3-3 Page3: SIG P210-4
3-4 Page4: Walther P-1, Heckler & Koch 4

  次回は“chapter 4 : テロの嵐:1970年代” をお送りする。

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