S&Wミリタリー&ポリス・リボルバー ビクトリー・モデル(S&W Model Military & Police,Victory Model)
ドイツの南方アメリカ占領地域のババリア州などの警察官は、U.S.モデル1911A1ピストルを貸与されて使用した。このピストルは、アメリカ軍でもっとも広く使用されていった制式ピストルであり、もっとも入手しやすかったところから供与された。当時U.S.モデル1911A1ピストルを供与されたドイツ警察の制服には、アメリカ軍制式に準じた黒色の皮製ホルスターが支給された(写真左)。
 アメリカ軍占領地域では、S&W社製のモデル・ミリタリー&ポリス・リボルバーも警察官に支給された。S&Wモデル・ミリタリー&ポリス・リボルバーは、S&W.38スペシャル弾(S&W.38 Special)を使用する6連発のダブル・アクション・リボルバーで,アメリカ軍が航空部隊の緊急自衛用ピストルとして採用したものだ。航空部隊以外にも、基地警備要員など武装用としても使用した。第二次世界大戦中には、イギリス軍にも大量に供給され、ビクトリー・モデル(Victory Model)とも呼ばれた。ビクトリー・モデルは、S&Wモデル・ミリタリー&ポリス・リボルバーの派生軍用モデルで、シリアル・ナンバーがVで始まる。
ビクトリー・モデルは,4インチのバレルを装着したモデルがもっとも多く、写真の5インチのバレルや2インチのバレル付きのモデルも少量製作された。
初期に製造されたものは、コマーシャル・モデルと同様にブルー仕上げだったが、戦争が激化してから製造されたものは、ほとんどがパーカライジング表面加工となった。パーカライジング仕上げのものには、スムース・ウォールナットのグリップ・パネルが装着されていた。右の写真の制服警官は、ドイツで製作された黒色皮製のモデル・ミリタリー&ポリス用のホルスターを装備している。
ユニーク (Unique) M17/ M17R ピストル
フランス占領地区では、フランス製ユニークも使用された。
第一次世界大戦が始まった時、フランス軍は、1892年に制式採用したモデル1892リボルバーが、武装の大半を占めていた。軍用ピストルの不足を補うため、スペインに中型のセミ・オートマチック・ピストルを大量発注した。そのうちの一つがルビー・タイプ・セミ・オートマチック・ピストルと総称される7.65mm口径のピストルだった。1914年に始まったフランス軍向けの生産は、1915年になると月産10,000丁に達した。それでもフランス軍にとって不足気味だったため、1915年8月になると月産30,000丁の要求が出された。
 もともとルビー・セミ・オートマチック・ピストルを製造していたメーカーは、スペイン・バスク地方のガビロンド・イ・ウレスティ社だったが、月産30,000丁の要求には応じ切れなかったため、ブルノ・サラベリア・イ・Cia、エセオラッツア・イ・ビンシナイ・Cia、イーホ・デ・アンヘル・エチェベリア・イ・Cia、アルメリア・エルゴイバールエッサ・イ・Cia、S.A.アルカータスナなどにも下請け発注が出された。バスク地方一帯には銃器製造所が多数あり、その後、下請け発注はさらに多数のメーカーに出された。その結果、ルビー・タイプのセミ・オートマチック・ピストルの生産はじつに多数のメーカーによっておこなわれることになった。
そのため、フランス軍で使用されたルビー・タイプ・ピストルの製造所を特定できない状態となった。そこで,それらのピストルを総称してルビー・タイプ・ピストル、またはPAモデル1914と呼んだ。
ルビー・タイプ・ピストルは、基本的にジョン・M・ブラゥニング設計のコルト・モデル1903ピストル(コルト・ポケット.32口径モデル)のコピーだ。ハンマー内蔵型のシングル・アクション・トリガーだが、グリップ・セフティは省略されている。コルトよりバレルが短く、他方、グリップは長くなって9発+1の7.65mm弾を装填可能だ。また、手動セフティのは、トリガー上部に移され、約100度回転させるレバー・タイプとなっている。
スペインで作られたルビー・タイプ・ピストルの中には、粗雑な材料を使用したものものもあり、射手自身が危険にさらされるものもあったところから、フランス軍は使用を中止した。そして、自国で生産することにした同型ピストルがユニーク モデル17ピストルである。ユニーク・モデル17ピストルは、基本的にルビー・ピストルと同型だ。
同型でハンマーを露出させたモデルが、ユニーク・モデル17Rピストルと呼ばれる。
第二次世界大戦になっても、フランス警察用として製造が続けられたが、ユニーク社がドイツ軍に接収された後、ドイツ軍、及びドイツ警察用に製造が続けられた。
第二次世界大戦後フランスは、ユニークの生産ラインを再開し、ユニーク・モデル17やユニーク・モデル17Rを再生産し、ドイツ占領地域の警察にも供給した。
エンフィールド(Enfield) No.2Mk.I
イギリス軍は第二次世界大戦に4種類のピストル装弾を採用していた。
1897年から引き続き採用していた.455Webley MKII, 1932年に採用した380/200(.380British)、一部で使用されたブラゥニング・ハイパワー用の9mmパラベラム。海軍では1913年に採用したモデルM1913ピストル用の.455Webley & Scott Automaticが使用された。
ウェブリー&スコット・リボルバーに.455という大口径が採用された背景は,黒色火薬の時代に大口径が必須だったこととを引きずっていた。また、戦闘対象が植民地の現地人だったことも無縁でなかった。殺傷力の大きなものを使用することに対して大きな不条理を感じなかったのである。
しかし、ヨーロッパでの戦争が勃発、ヨーロッパ人同士で撃ち合うことになったため、勝手な理論だが、オーバー・キルの.455口径に代わって、小口径の.380/200(38口径200グレイン弾頭)を使用するように改められた。完全な切り替えが出来る前に戦争がはじまり、.455と.380を大きな2本立てとして併用することになってしまった。
戦後、イギリスからドイツに派遣された占領部隊は、自国産の.380口径リボルバーを装備しており、ドイツ警察にもこれを貸与した。

多かったのはエンフィールドNo.2 Mk.I*である。平行してウェブリー&スコット Mk.IVも使用された。中折れ式リボルバーは、この時代すでに旧式となってはいた。だが、イギリス軍は、当時の先進国の中で唯一最後まで、中折れ式リボルバーを主要な装備ピストルとして使用し続けていた。
380/200という装弾は,もともと1877年にS&Wが開発した.38S&Wをベースに開発された。この装弾にコルトは、38コルト・ニュー・ポリス弾と名前をつけた。弾頭の重量は、145グレインから158グレインだ。イギリスは、これに200グレインの弾頭を装着して.380/200という名前で呼んだ。
イギリスの弾薬は、リムの形状が通常のリボルバーの薬莢とわずかに異なる。リムの底部のエッジがわずかに面取りされている。この面取りは、中折れ式リボルバーに使用するのに最適なよう設計されたためだ。
通常のスイング・アウト・リボルバーであれば、シリンダーを閉じる際に銃口は下、もしくは多少でも銃を下方向に向けた状態で閉じる。なぜなら、シリンダーが開いた状態で銃を水平より上向きにするとシリンダーに装填した装弾がこぼれ落ちてしまう。
ところが中折れ式の場合、装弾を装填する際に中折れさせた状態で,銃口はほぼ真下を向いている。弾薬の装填が終わり、銃を閉じる際には、銃口の向きを固定してグリップ&フレームを動かして銃を閉じるより、銃身とシリンダーを上方に持ち上げて閉じることが一般的だ。その閉鎖の瞬間バレルとシリンダーは、地面に対して水平に近くなっている。
当然、シリンダーの中の装弾は、外に飛び出す方向に動く可能性が考えられる。弾薬のリムのわずかな面取りは、飛び出そうと浮きかかった装弾を閉じたフレームで押し戻す際に引っかかりにくくする働きがある。この効果は疑問もある。だが、.380/200は、イギリス軍用専用弾としてこの加工を施した。

Chapter 2 占領時代,1945-1949
2-1 Page 1 : 占領,そして分裂, P08, Walther P-38
2-2 Page 2: S&W Military & Police, Unique M17/M17R, Enfield No.2 MKI
2-3 Page 3 : スペイン内戦,Astra Model 300
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