Eye Shield 目隠し板

 2004年アテネオリンピックが終了して年が明けた2005年。この年から次の北京オリンピックまでの4年間がISSF(International Shooting Sport Federation 国際射撃連盟)にとって、ひとつのまとまった期間となる。
 この4年間の冒頭から新ルールが適用され、そのルールに合わせた調整をおこない、北京オリンピックを戦う。そしてまた次の4年間が始まる2009年から新しいルールに切り替わる。
 一般論として、スポーツは多様化とプロ化が進み、オリンピックを必ずしも頂点とは考えない傾向が強くなったと思う。 しかし日本ライフル射撃協会は、オリンピックを重要、かつ最高のスポーツイベントと位置付けている。射撃はさまざまな要因により、マイナースポーツであることから抜け出すことができない。だから通常、ライフル射撃にスポットがあたることはない。しかしオリンピックでメダルを獲れば、新聞の一面に記事が載る。ニュースでも大きく報道される。射撃スポーツにこれほど注目が集まる機会はない。
 射撃のワールドカップで世界新記録を日本人が出しても、ほとんど報道されることはないだろう。しかし、オリンピックなら違う。はるかに注目度が高い。金メダルなら、選手は首相から表彰されたり、秋の園遊会にお声が掛かったりするかもしれない。
 しかし実際には、一般市民の注目が射撃に向かうのではない。一般市民はメダル獲得数に興味があるだけだ。それでもニュースになる。たった1日でも人々の耳目を集めることができる。ライフル射撃協会としては、どうしても注力しなくてはならない。


            アンシュッツのマイクロサイト。右は現行の7020/20。左は昔のInternational model (anti glare tube付き)

 クレー射撃はともかく、ライフル射撃の場合、国際的なスポーツとして射撃競技が存在するからこそ、日本体育協会の推薦で一般市民がライフルの所持許可を得ることができる。そうした状況において、射撃がオリンピック種目であるということの意味は大きい。オリンピックのブランド力だ。
 そのオリンピックも“健全な精神を宿した若者達によるスポーツの祭典”というほど単純なイベントではなくなっている。国威発揚の場として捉えられたり、開催国の経済発展の足掛かりとされたりする場合も少なくない。国際政治問題が持ち込まれたり、テロの舞台になったこともある。
 それらの雑音に加えて、商業主義が持ち込まれたことで、オリンピックは大きく変貌した。
 サマランチIOC会長の登場とロサンゼルス・オリンピックの成功がそのきっかけとなった。サマランチ会長は、オリンピックを世界最高のスポーツイベントとして宣伝し、様々な方面から資金が集まるように改革した。
 協賛企業を募り、ロゴマークのライセンス・フィーを徴収すると共に、競技の放送権をマスメディアに販売した。これによりロサンゼルス・オリンピックは黒字となった。
 それまでのオリンピックは、いずれも開催都市にとって大赤字であることが当たり前であったことから考えるとロスオリンピックは画期的な大会であった。
 その後、この放送権料は高騰し、その結果、放送メディアがオリンピック運営に強い影響力を持つようになった。金をたくさん出したら、発言力も当然大きくなる。
 結果として、競技の本来の姿より、テレビ映りが良いことが重要となった。
 無名のアマチュアより人気のあるプロ選手が受け、伝統と格式より派手な演出のあるスポーツが重要視される。放送権料に莫大な金を払っているのだから、コンテンツは面白いもの、視聴率のとれるものでないと困る。
 その結果、視聴率のとれない競技、あるいは見栄えのよくない競技はオリンピックから外すという判断が下されるようになった。
 オリンピックにおける射撃競技は、1896年にアテネで行われた近代オリンピック第一回大会から存在し、陸上競技、水泳競技に次いで参加国数が多い。どんな発展途上国であっても軍隊があり、軍隊なら銃を撃つ。その中には射撃の得意な兵士は必ずいる。国際競技として通用するスポーツ選手がいない国でも、射撃に限っては例外というわけだ。
 長い歴史があり、参加国数が多い射撃競技ではあるが、ライフル射撃はテレビ映りの良いスポーツではない。動きは少ないし、選手は淡々と自分の標的を撃つことに集中している。同時に撃っている選手同士でも相手のスコアは見えない。競い合うという状態が見えにくいのだ。
 一言で言えば、観て楽しむスポーツではない。それでも参加国が圧倒的に多いため、簡単に外されることはないだろう。それでもテレビでの視聴に堪える雰囲気を作り出さなければ、オリンピックでは生き残れない。
 そこで開発が進められたものが、電子標的だ。撃った直後に正確なスコアを算出し、それを画面や観客に表示する。これがあれば、競い合う状態を見る者に対して演出できる。
 シューターの前にレールを敷いてリモートカメラを設置、標的を狙うシューターの顔を大きく画面に映し出す演出も加わった。自分の前方の地面に小型TVカメラがある、という状況は競技者の集中力を乱すかもしれない。しかしテレビ映りの良さがオリンピックでの生き残りの決め手なら、これも仕方があるまい。
 さて2005年のルール改定で、目隠し板の大きさに制限が加わった。目隠し板とは、照準に使用しない側の目(一般的に右利きの場合は左目)を覆う板のことだ。通常はリアサイト、もしくは自分の目の前に装着する。
 射撃は基本的に、両眼照準が良いとされる。片目を閉じると、サイトや標的が2重に見えたりすることを避けられるが、片目を閉じるという行為により、両眼の筋肉を緊張させてしまう。そのために照準に使用しない目は、目隠し板で覆って両眼を開いて射撃を行う。
 以前はこの目隠し板に大きさに制限が無かった。しかし今回のルール改正で、大きさの制限が加わったのは、まさにテレビ映りのためだ。大きな目隠し板は顔の半分を覆ってしまっては、シューターの表情がよく映らない。そんな理由で目隠し板の大きさに制限が加わった。

 左:新しい規格の目隠し板 ライフルショップ エニスのオリジナル品。柔らかいP.P.板を規格サイズにカットしたもの。ラバー・アイシェードに取り付ける。お値段は¥525-,Gehmann製だと¥1,575- 、その他、Centra製、Anschutz製など各種ある。機能的に差はない。   
 右: Feinwarkbau製の古い目隠し板と、新規格の目隠し板の大きさの比較

 新しいルールでは、銃本体、もしくはリアサイトに取り付けるものは、幅30mm以内、アイピースの中心から、照準に使用しない眼の方向に長さ100mm以内となった。
 また、射撃眼鏡、帽子、もしくはヘッドバンドに取り付けるものは、幅30mm以内となった。眼の側面を覆うサイドブラインダーは、高さ40mm以内となり、額より前に突き出すことがないこととなった。
 すべてはシューターの顔をテレビカメラが捉えるためだ。

左:新規格の目隠し板を付けた状態  右:Feinwarkbau製の古い目隠し板を付けた状態。FeinwerkbauのものをAnschutzのアイシェードに付けるには、加工が必要。

 この目隠し板というもの、けっこう奥が深い。片眼を覆うだけの機能があればよいというものではない。
 もともとあまり大きな目隠し板は、精密射撃の世界では不利とされている。人間は周囲の物を見て、そこから得る情報を使い身体のバランスをとっている。明るい場所で立っているときと、真っ暗な場所で立つ場合とを比較すると、明るい場所で立つほうが、はるかに身体のバランスを取りやすい。暗いと周囲の情報が眼に入らず、平衡感覚が崩れてしまうのだ。だから照準に使用しない眼の前を大きく塞いでしまうと周囲の情報を得ることができずに、身体の揺れが止まらなくなる。

新規格の目隠し板が視界を覆う範囲(左)と、規格設定以前の目隠し板が視界を覆う範囲(右)の比較。右は視界を大きく塞ぎ、ピープサイトから覗くわずかな視界以外、ほぼ白一色にしてしまう。

 また色は白、もしくは光をある程度、透過するような薄い色のものが良いと言われている。仮に目隠し板を黒で作ったとする。眼は片方づつ、別の明るさに対して調整をすることはできない。黒い板で片側の眼を覆い、もう一方の眼で明るい標的を見て照準しようとしても、瞳孔の調節がうまくいかないのだ(実際には黒い目隠し板も売られている)。
 目隠し板を付ければ両眼照準が容易にできる。しかし別の重大な弊害がある。視界を事実上、ピープサイトから覗く小さな範囲だけにしてしまう。少なくとも、銃を構えている間はこれしか視界がない。
 現実の射撃の世界では、こんなことはあってはならない。現実の射撃は、獲物を獲得するための手段であり、敵から自分の大切なもの(自分自身を含む)を守るための手段だ。これを拡大していけば、時として攻撃もその手段となる(この事は過去、何度も書いた)。いわば射撃は戦技だ。そのためには視界は可能な限り広く確保して、より多くの情報を獲得しなくてはならない。
 射撃競技は射撃場で標的を撃つだけだから視界を遮っても構わない、ということは無い。射撃で重要なことは“風を読む”という事だ。無風状態ならその必要はない。しかし現実に無風という場合はほとんど無い。風の動きには常に目を配る必要がある。だから射撃場には通常、風を読むためのウインドフラッグがある。アメリカのベンチレスト射撃ではこれが大量にある。

▽ アメリカのベンチレスト射撃風景。無数にあるwind flagで風の強さと方向が判る。右側の3枚はSupper Shoot 2004, 左上はIBS Nationals 2004, その下2枚はBluebonnet 2004のもの。


 目隠し板の問題は銃を構えただけで、視界が遮られてしまうということだ、スコープも視界を小さくしてしまうが、左目で周囲の情報を収集することが可能だ。しかし目隠し板は、銃を肩から外さない限り、視界を確保できない。
 私は行ったことがないので判らないが、千葉射撃場のウインドフラッグは、マイクロサイトの小さな視界の中に入って見えるようになっていると聞いた。あの小さな視界にウインドフラッグが入る?、どういう形なのだろうか。いずれ行って見たいと思う。
 少なくとも朝霞射撃場や、八代射撃場、長瀞射撃場、今は鉛問題で閉鎖中の伊勢原射撃場などではそんな構造になっていない。
 3人のスモールボア(SB : Rimfire Rifle)シューターに風読みの実態を聞いた。NT(National Team)ほどではないが、いずれも国体レベルの試合に参加経験のある上級シューターだ。
 一人は目隠し板は使っていないという。使わない理由は風読みの為ではない。左目は閉じて撃つそうだ。自分の今までの経験でそのようにしているという。射撃歴は長いが、風を読む技術はないそうだ。
 二人目のシューターは目隠し板を使っている。一流シューター(女性)だが、風を読んでいない。ただ風が吹いていると身体で感じたときには、トリガーを引かないようにしているという。
 3人目のシューターは目隠し板の横の隙間から、斜め方向にあるウインドフラッグの動きを見るという。
 日本のSB射撃場の多くは、構造的に風が舞う。たった50mの距離でありながら、風が舞っており、手前と奥とでは全く逆方向に風が吹くことがある。そんな状態なので風読みを諦める場合が多いのかもしれない。3人目のシューターは大口径ライフル(Centerfire Rifle)も撃つし、競技を離れても銃と射撃が好きだ。だからこそ風読みを放棄しようとしないのだろう。
 目隠し板を小さくすれば、その隙間からウインドフラッグが覗く場合もあるだろう。小さな目隠し板の効用だ。



▽△ 埼玉県朝霞射撃場のwind flag. アメリカのものと比較すると、異様なほど貧弱。風を読もうとするシューターが少ないので、誰もこれ以上整備する気はなさそうだ。上左の写真は2004年6月上旬、上右の写真は2005年6月上旬のもの。1年後のほぼ同時期だ。草を短く刈り取っている。実際には左の状態のように、ある程度草が伸びている方が風の動きが読みやすい


 
 いずれにしても目隠し板の大きさを制限するルールができた理由はテレビ映りの改善にある。従来のルールは、競技全体の形を整え、運営をスムーズに進めるためのものであると共に、シューターにとって著しく有利になるもの(なること)、あるいはその可能性のあるもの(こと)を無くし、できるだけevenな状態を作るためのものだった。
 テレビ映りを改善するためにルールを変える。このことは射撃スポーツが変容していることを示す一つの例だ。
 こんなことを書けば、お堅いポジション・シューターの方は嫌な顔をするかもしれないが、テレビ映りを気にするのであれば、もっと派手な競技に変えていくという手もある。
 スポーツをやる人、それを観る人がもっと楽しめ、エキサイトする競技にする。これは射撃人口を増やすという意味でも重要な事だ。
 競い合うという状態をもっと鮮明に出す。動きを加える。競技開始から終了まで、競技者が1時間以上も寝転がって動かないというスポーツなど他にはない。スピードアップも大切だ。もっとゲーム的な要素も加えたらどうだろうか。
 そんなことをしたら、従来のポジション射撃とは違うスポーツになってしまうかもしれない。それでも構わないのではないか。クラシック・スタイルとして従来のポジション射撃も残しつつ、もっと見栄えのする競技も作る。そんな2段階戦略もあって良いだろう。
 たとえば、ボルトアクションの単発銃をやめて、セミオートマチック・ライフルとし、5つの標的を速射で倒す競技などはどうだろう。標的も紙ではなく、クレーピジョンのように当たると粉々に砕けるものとする。より早く5枚の標的を撃ち砕いた方が勝ちだ。標的は非常に小さい。たとえば50mで直径40mm。じっくり狙えば確実に外さない標的だが、スピードを上げないと勝てない。しかしスピードを上げれば外す可能性も高くなる、そこには駆け引きという、スポーツを面白くする要素がある。
 じっと動かないで黙々と標的を撃ち続けるポジションシューティングより、スピード感もあり、砕け散る標的は豪快さと爽快さを演出できる。ゲーム性も高い。
 こんな競技がオリンピックの正式種目になったら、日本体育協会がセミオートマチック・ライフルの推薦を出すようになるかもしれない。22LRという制限があっても構わない。Ruger 10/22などをベースにしたスピードマッチ・カスタムなどができたら、とっても面白いと私は思う。
 まあ、ISSFやIOCはそんなことは全く考えていないだろうが・・・

Aug.6, 2005 Satoshi Maoka

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