Cosmi Shotgun
2007年4月26日掲載
コスミ(Cosmi)はショットガンの異端児である。セミオートマチックなのに中折れ式という奇妙なメカニズムを持つ。
Rodolfo Cosmiは1873年、イタリアのMacerata Feltriaに生まれた。ハンターであり大工であった彼は、1890年、自分の手で水平二連銃を作り、小規模な銃器メーカーをスタートさせた。19世紀まで、銃は銃工が自分の工房で製作し、製品として販売するものがほとんどだった。大規模な製造ラインや設備を持つマスプロダクション型メーカーが登場するのは、19世紀中期になってからの事だ。もちろん、これは銃に限った話ではなく、工業製品全体に言えることだ。
1905年、Rodolfo Cosmiは水平二連銃だけでなく、新たなセミオートショットガンの開発を始めた。 小火器はセミオートの時代を迎え、ショットガンの分野にまで、その影響が及んだのだ。
実用的なセミオート・ショットガンは、既にジョン・モーゼス・ブラゥニングが1900年にモデルA-5を開発している。しかし、Cosmiの目指したのは、もっとエレガントで美しいショットガンだ。しかし、これが完成するまでには多大な時間が必要だった。

バレル下部にチューブマガジンを装着することに、Cosmiは強い抵抗があったらしい。この位置にチューブマガジンを装着するとバランスが悪くなり、見た目にも不細工だと感じたようだ。
またR.Cosmiは多数のショットシェルをマガジンに入れたいと考えていた。ブラゥニングのA-5は5発だったが、もっと多数の弾を入れようとした場合、チューブマガジンはより前に伸びる。クレー射撃やバードショットの場合、先重の銃は嫌われる傾向が強い。
プロトタイプが完成にこぎつけたのは、1925年のことだ。なんと20年も開発に時間を掛けたのである。
結局, マガジンはストック内に納められた。このプロトタイプをベースに市販型が完成し,その後、改良が続けられ、今日まで製造が続いている。
1936年、Rodolfoは他界したが、息子達があとを引き継いだ。

当時、ショットガンのガス・オペレーションはまだ完成されていなかった。ブラゥニングA-5はロングリコイル・オペレーションだ。このCosmiも作動方式はロングリコイルを採用している。発射と同時に銃身は、ブリーチボルトといっしょに大きく後退する。
中折れ式セミオートということで、オペレーションは当然の事ながら普通のショットガンとは異なる。
まず、トップレバーを操作し、銃を折る。ここは上下二連銃と同じだ。内部メカニズムがむき出し状態になる。ほとんどのパーツに丁寧なクロームメッキがかけられており、実に美しい。チューブマガジンへの装填はこの状態でおこなう。

▲ 左:トップレバーを操作し、銃を折る。 右:矢印のようにショットシェルを1発づつ装填する。上からはめ込み、ストック側に押し込む形だ。
正直なところ、装填し易いとはいえない。チューブ弾倉には標準であれば8発入る。ストックの内部がマガジンチューブなっているのだ。日本では当然、2発までしか入らない。
マガジンチューブをストック側に持ってくることで、重心バランスを整え、キレの良いスイングを実現している。

▲ 左:矢印で示したスプーン状のパーツがボルト・オープン・レバーだ。先端部に指を掛けて、斜め下に引き出すようにすると、ボルトが開く。 右:すでにボルトが開いていることが判る。矢印で示したチャンバーに直接、ショットシェルを送り込む。そしてボルトを指で後ろから押して閉じる。
チャンバーへの装填は中折れした状態で、直接、手で送り込む。ボルトが予め、オープン状態になっていれば、そのままチャンバーに送り込めるが、ボルトがクローズ状態だった場合は、アッパーレシーバー内部にあるボルトオープンレバーを、アッパーレシーバー下部(内側)から指先で操作し、ボルトを開く。そしてチャンバーに1発送り込んだら、またアッパーレシーバー内側に手を突っ込み、ボルトを指でクローズさせる。
ハンマーがコックされていればそのままだが、ハンマーがダウンしていれば、ハンマーを指で起こす。

▲ 左:ハンマー・ダウン・ポジション 右:ハンマー・コッキング・ポジション
これでブレークオープンしていた銃を閉じれば発射準備完了だ。ボルトを開いたままでは銃を閉じることはできない。
ボルトを開放するためのレバーは外部に露出していない。すなわち、マガジンにショットシェルを入れて、チャンバーにショットシェルを送り込まず、ボルトを閉じて、チャンバーを空にした常態で保持することはできる。しかし、その状態から(銃をブレーク・オープンすることなく)マガジンの1発目のシェルをチャンバーに送り込むことができない。

またチャンバーに入ったショットシェルは、銃をブレーク・オープンしなければ抜き出すことはできない。
最終弾発射後は、ボルトがホールド・オープンとなる。開放状態にあるボルトを閉じるボルトリリースボタンは左側面にある。だから1発だけ装填するなら、チャンバーに直接ショットシェルを送り込んでボルトリリースボタンを押し、クローズすることができる。

優美な外観だ。木部はカフカズ(コーカサス:Caucasian)ウォルナットで、発注者の要求に合わせて、レングス・オブ・プル(length of pull)、ドロップ(drop)、キャストオフ(cast-off),シェイプ(shape)が決定する。
仕上げはフレンチ・ポリッシング(French polishing)だ。深い色と高い艶が特徴で、ヴィクトリア時代、高価な木材を使用する高級家具に盛んに用いられた技術だ。しかし、熟練工が手間をかけて仕上げる必要がある為、1930年代を境に他の簡単な方法に切り替わっていった。現在、この技術はアンティーク家具の修復に用いられる程度で、技術を引き継いでいる職人は少ない。

12, 16, 20ゲージの選択ができる。バレル長、チョーク、リブあり無しの選択、そしてロゥア・レシーバーには様々なエングレービング、およびインレイを施すことができる。もちろん彫刻無しの選択も可能だ。重量変更のために、スチール、タイタニウム、ライト・アーロイの選択ができる。アッパー・レシーバーとブリーチボルトをタイタニウムにすると約250gの軽量化ができる。
実質的に量産モデルではない。注文を受けて、少数の職人がこの銃を作っている。だから形式ナンバーは無い。1丁の銃が製造されるまで200時間以上が費やされている。

中折れ式にした理由は、ストック内部をチューブ・マガジンとするためだ。どうやってストック内部のマガジンにショットシェルを装填するか。その解決手法が中折れ式だった。中折れすれば、レシーバー内部が丸見えになり、マガジンリップ部も見えて、そこから装填できるというわけだ。しかし、ドイツ人であれば、もっと違う方法を考えたのではないだろうか。

中折れさせれば臓物が丸見えだ。オイルまみれのパーツがむき出しになれば、大気中の埃が付着してしまう。コスミはほとんどのパーツをクロームメッキとし、この問題を回避した。
外観を含め、内部も美しい。この美しさはイタリアならではだ。このような銃はイタリア人でなければ作れないだろう。

日本でかつてこの銃は、フランキの輸入代理店であった東京アームズが取り扱っていた。現在は金子銃砲店が扱っている。2007年現在の価格は、もっともベーシックなモデルで¥2,000,000-から、となっている。オーダー時の要求仕様に応じて価格はアップする。
1963年頃、俳優の森繁久彌がコスミを所有していた。「この銃は日本に1丁しかない」とご自慢だったようだ。ずっと後になって、タレントの堺正章がコスミを所有していたらしい。現在、日本に何丁あるかは判らないが、その数はごくわずかのはずだ。

優美な銃である。若いシューターはこのような銃に興味は無いかもしれない。しかし、年齢を重ねていくと、この種の銃の良さがだんだん見えてくる。撃ち易い銃ではない。なんといってもロングリコイルだ。操作性も良いとはいえない。しかし、それを超えた部分にこの銃の魅力がある。
国内で、このような個性的で優美な銃に出逢う可能性がある。日本の射撃の世界も捨てたものではない。

Apr.26, 2007
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