Two decades of Beretta M9 M92の軌跡 Celebrating two decades
1985年1月14日、ベレッタM92Fがアメリカ軍の制式軍用ピストルM9に制定された。あの日から20年が経過した。
ベレッタは1970年代後半からM1911A1の後継機として最有力候補と噂されつつ、決定の先送りや、白紙撤回、トライアルの中止等、さまざまな障害を乗り越えて制式ピストルM9の地位を勝ち取った。しかし、採用決定後も他社から異議申し立てを受け、再トライアルの実施やスライド破損事故発生等、話題には事欠くことはなかった。
1911年から70年以上も制式ピストルの座にあったM1911およびM1911A1と比較され、ベレッタはいったい何年、その地位を守り続けることが出来るか、遠からず制式ピストルの座を他社製ピストルに奪われるだろうとの陰口も数多く聞こえた。しかし、無事に20年間その地位を維持し、まだ当面は新しいモデルに切り換わることはなさそうだ。
もっともスペシャル・オペレーション・フォースがM9の使用を拒否し、海兵隊のMEU(SOC)ピストル、Sprcial Operation CommandoのUS.SOCOMピストルといったものが一部では使用されている。ベレッタに敗れたはずのSIG SAUERは、コンパクト仕様のP228がM11として少数納入され、SIG Sauer P226もスペシャル・オペレーション・フォースが限定採用しているという実績がある。最近、ルガーP95も一部で使用され始めた。
したがってベレッタM9は、制式ピストルとはいっても、全アメリカ軍のピストル需要を完全にまかなっているわけではない。それでもベレッタM92FおよびM92FSは、M9として制式ピストルのポジションを維持していることは確かだ。
この20年は決して平和な時代だったとはいえない。湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争など大規模紛争が繰り返し起こっている。その都度、ベレッタは第一線のサイドアームとして使用されてきた。
M9としての制定20周年というこの機会に、ベレッタM92の歴史を振り返ってみることにする。
M92の開発
ベレッタM92の開発は1970年にスタートした。イタリア軍の制式ピストルであるM1951の後継機として、新しい時代の要求に合うモデルを開発することが目的だ。
ベレッタM1951は、ベレッタ社としては初めてのショートリコイル・セミオートマチックピストルだった。ショートリコイル・メカニズムにはドイツのワルサーP38のプロップ・アップ方式を借用した。
第二次大戦では380ショートを使用するベレッタM1934を採用していたイタリアは、戦後、軍を再編する際に使用弾薬を9mmパラベラムに統一した。これに伴い使用するピストルを更新しなくてはならない。ベレッタは戦前からおこなってきた9mmパラベラムを使用するセミオートマチック・ピストルの開発を再開し、ショートリコイル・メカニズムにプロップ・アップ方式を採用した。
ブラゥニング・タイプ、すなわちティルティング・バレル方式にしなかったのは、ベレッタ・ピストルが最初の製品であるM1915以来、常にスライドカバー上部に大きな開口部(open-top slide)を持ち、それを維持するためだったと思われる(エジェクションポートと切り欠きが一体化したのはM1922以降)。
スライドカバーを大きく開けてしまうと、ロッキング・ラグを上部に配置するティルティング・バレルの形式では設計が困難となる。実際にはスライド側面にロッキング・ラグを配置するティルティング・バレル方式での試作をベレッタは完成させている。
しかし結果としてプロップ・アップ・ロック(フォーリング・ブロック方式ともいう)を採用した。
一般的にピストルのデザインは、メカ的な要求が先行し、デザインはそれに合わせて決定する場合がほとんどだ。しかし、M1951はスライド上部に大きな開口部を開けることを前提にそれをより容易に実現させるメカニズムを選択した。
車、服、家具などで優れたデザインの製品を生み出しているイタリアらしいデザイン優先主義だ。ベレッタとしてのアイデンティティを明確にするという意味では、デザイン優先は間違いではない。しかしそれが製品として、マイナスの要素を持っているとしたら、事情は違ってくる。
M1951がプロップ・アップ・ロックを選択したことは特に間違いではない。ここにスポットが当たったのは、M92Fの時代になってからだ。
ベレッタ初のショートリコイル式セミオートマチック・ピストルM1951はイタリア軍により採用されたほか、エジプト、シリア、イスラエル、リビア、イラク、パキスタンでも採用された。エジプト、イスラエル、イラクではライセンス生産もおこなわれた。またサウジアラビアもM1951を使用した。しかし米国市場では決して芳しい評価を得ることができなかった。全体的な操作性に問題があるからだと思われる。
マニュアル・セフティは位置的には理想的だが、クロスボルトにする理由が希薄だった。ショットガンなどのセフティは一般的にクロスボルトが存在するが、ピストルとしてはほとんど例がない。
マガジンキャッチもフレーム側面下部後方にプッシュボタンとして配置した。間違って押されてしまう可能性は低いが、この位置に配置する理由は見つからない。
この些細な部分がM1951をマイナーなモデルとしているように思える。もしベレッタがM1951のロックシステムをワルサーから借用したとき、もしダブルアクションメカニズムも合わせて組み込んでいたなら、ベレッタM1951の評価はずいぶん違ったものであったかもしれない。
ベレッタM1951がイタリア軍に採用されてから20年近く経過した1970年、次世代製品の開発がベレッタ社内で始まった。このデザインに関わったのはCarlo Beretta(1908-1984)と,Vittorio Valle, Giuseppe Mazzettiだ。
1970年当時、コンパクトピストルの分野ではダブルアクション化が進んでいたが、大口径セミオートマチック・ピストルの市場はまだシングルアクションが主流だった。
しかしヘッケラ−&コッホはすでにP9Sを完成させて市販を開始していた。S&Wも1954年にM39を発売、大口径セミオートマチック・ピストルのダブルアクション化の先鞭をつけていた。ワルサーP38も戦後型が市販されていた。
一方、10発を越えて2ケタの装弾数を持つハイキャパシティマガジンを使用するモデルは、第二次大戦前に開発されていたブラゥニングM1935があった。当時、大容量マガジンといえばハイパワーの名前が真っ先に挙がったが、実際にはフランスのMABや、ソ連のスチェッキンといったモデルもハイキャパシティ・マガジンを搭載したモデルであった。
ダブルアクション+ダブルカアラムというベレッタが定めたコンセプトは明らかに市場に先行したものだった。ダブルカアラム・マガジンに目をつけた背景として、ベレッタはベルギーのFNと資本提携したことも挙げられる。マガジン設計の技術はFNからもたらされたと思われる。
結果的には、S&Wが1974年にM39のダブルカアラム仕様であるM59を発表し、市場投入では先を越されてしまった。S&W M59を追うようにベレッタはその翌年の1975年にM92を発表した。
9mmパラベラム、15発+1のファイアーパワーは1990年代には当たり前のものとなったが、1975年当時では、強力な戦闘ツールとしてのインパクトにあふれていた。 ベレッタはM92と同時に380ACP,32ACPのダブルカアラム仕様、M84、M81を発表。コンパクトピストルにも多弾数を持ち込んだ。ベレッタピストルに対するイメージはこの年、一新されたと言っても良い。
ベレッタがこの時期、強力な戦闘ツールを発表した背景は、イタリアの国情がある。過激派による政治テロとしての誘拐事件が発生し、それと同時に裕福層を狙った営利誘拐が多発した。危険を感じた人達は、ボディガードに身辺警護を依頼した。
サブマシンガンなどで武装した誘拐犯と戦うには、戦闘能力の高いピストルが必要だ。ベレッタがM92を開発した背景はこのような事情(市場性)もある。
テロの嵐が吹き荒れた西ドイツも1973年から1976年にかけてピストルのアップデートを図ったが、それはマニュアル・セフティなしで安全に携帯でき、必要に応じて瞬時に初弾を撃てる小型の9mmパラベラム・ピストルという方向性だった。
その結果完成したものが、即応性に優れたワルサーP-5, SIG Sauer P225(P6), HK P7だ。そこには多弾数化の要求は無い。しかしベレッタはマガジン交換無しでも撃ちまくれるピストルに市場のニーズがあると判断した。
1975年時点で、M59にこそ先を越されたが、ダブルアクション、ダブルカアラムを実現したコンペティターは他に見当たらなかった。
理想のコンバット・ピストル
S&W M59は既に1964年に14rdで試作、1968年に特殊部隊用にその原型が開発されていたが、市場に投入されずに眠っていたものだ。
M59のグリップは太い。角材のようなグリップだ。ベレッタM92も太いがM59ほどではなかった。M59はダブルアクションの特性を生かすべく、デコッキング・セフティを採用していた。一方、ベレッタM92はコルト・ガバメントの流れをくむコック&ロックが可能なマニュアル・セフティを搭載していた。
どちらが優れているということは一概にはいえないが、S&W M59のセフティはワルサーP-38と操作は同様だが、P-38のようなファイアリングピンロックはなく、単にセフティオンと同時にデコッキングされるという単純なものだった。
ベレッタM92とほぼ同時期、東ヨーロッパでもコンセプトが近いモデルが開発されていた。チェコスロヴァキアのCZ75だ。当時、東側に属して共産主義国家であったチェコスロヴァキアのCeska Zbrojovkaは、ワルシャワパクトの兵器体系とは異なるピストルを独自に開発した。西側の市場を睨んでの開発されたことは、CZ75が9mmパラベラムであることからも明らかだ。設計者のKoucky兄弟は、既存のモデルを参考にピストルのあるべき姿をこのCZ75で実現させた。
それがタブルアクション+ダブルカアラム・マガジンだ。CZは東側にありながらも、西側市場の新しいニーズを的確につかんでいた。
1976年には西側に紹介され、ヨーロッパで高い評価を得る。当時、アメリカには東側の製品が正規に輸入されることはなかった。しかしヨーロッパから流れ込んだCZ75は大きな反響を巻き起こした。
コンバット・シューティングを提唱していたジェフ・クーパー(Jeff Cooper)がこのCZ75を高く評価したのだ。もっとも45ACPこそ唯一無二の実用カートリッジであると固く信じていたジェフ・クーパーは、「これが45ACPであったなら世界最高である」と述べたと言われている。
コック&ロックが可能で、マニュアルセフティの位置は理想的。グリップは15発の9mmパラベラムが入ったマガジンが収まるとは思えないほどスリムで握りやすい。ダブルアクショントリガーも当時としては驚くほどスムーズに動く。マガジンリリースボタンもトリガーガードの基部にあり、瞬時に押す事ができる。精度も高く全体的にスリムにできている。
この時期、既に西側の製品はコストダウンを図るために生産工程を簡略化させており、オールスチールの削り出し工法で製作されるものが少なくなりつつあった。その中で、CZは安い東側の人件費を武器に、削り出しで製作されたピストルだった。
ジェフ・クーパーの絶賛した理想に近いコンバット・ピストルは、これだけの要件を満たしている。もっとも共産圏の製品ゆえ、米国市場には正規のルートには入らなかった。
高い評価でありながら、手に入らないという事実が組み合わさって、アメリカでは多少実力以上の評価に繋がったという要素もある。
初期のM92もコック&ロックが可能だった。しかしダブルアクションは取り立てて素晴らしく軽いとはいえない。ここでコック&ロックが可能であることと、ダブルアクションの関係を整理しておこう。
コック&ロックで携帯するなら、ダブルアクションが軽くなければといけないという事はない。むしろダブルアクションなど不要だ。ではなぜダブルアクションのスムーズさを求めるのかといえば、通常はハンマーをダウンさせて携帯し、事が起こればダブルアクションで対応するという使い方をするからだ。
コンベンショナル・ダブルアクションなので2発目からはシングルアクションになるわけだが、コンバットシューティングの世界では、戦闘中も発砲直前まではセフティをonにして安全を保つことを理想とした。シングルアクションのトリガーは非常に軽く、銃を持ったまま走り周り、障害物を飛び越えたり、下をくぐったりする間にうっかりトリガーに指が触れてしまって不用意な発砲をすることを恐れたのだ。
それゆえ、セフティの位置が重要になる。瞬時にon offが可能でないといけない。スライド上にセフティレバーのあるものはすべて落第だ。セフティをonにしたと同時にデコッキングされてしまうものはダメだ。戦闘中、またダブルアクションに戻す必要などない。
シングルアクション・セミオートマチックなら携帯時もコック&ロックとなるのだが、携帯時にはダブルアクションであることが望ましい。常に銃撃戦をおこなっているわけではない。競技の世界ではシングルアクションのコック&ロックでも構わないが、携帯時はハンマーを前進させ、より安全な状態を保つほうが精神的にも安全だ。
ジェフ・クーパーの提唱した手法を実践する場合、CZ75はかなり理想に近いものだった。ではM92はどうだったか。
M92もコック&ロックが可能で、ダブルカアラムの15rdマガジンを持つ。しかしM92はアルミフレームで耐久性という意味ではCZ75やコルト・ガバメントより劣る。
致命傷はマガジンキャッチボタンの位置だ。こともあろうにM1951と同じ場所、グリップフレームの側面下部に設置した。こんな場所では絶対に片手でマガジンを抜き落とすことはできない。
もしM92がスチールフレームで、マガジンキャッチの位置をトリガーガード基部にプッシュボタン型としていたなら、事情はずいぶん変わったかと思う。ジェフ・クーパーがベレッタM92を理想のコンバット・ピストルとして高く評価しただろう。もっとも、これが45ACPであったなら、という条件が付いただろうが…。
ダブルアクションが、ちょっとスムーズとはいえない、スライドカバーの幅が厚すぎる、グリップも太いといった不満はあったかもしれないが、CZ75のように仮想敵国、共産圏の銃ではないのだ。しかしS&W M59同様、ベレッタM92の存在はジェフ・クーパーと彼の信奉者の間では無視された。
1976年、イタリア警察組織はベレッタM92を採用し始めた。その中からセフティメカニズムの改良要求が出た。デコッキングレバーの追加だ。
ダブルアクションであることを活用するにはチャンバーへ第一弾をロードしておく必要がある。するとハンマーは起きてシングルアクションの状態になるわけだが、携帯時にはこれを倒しておく。コック&ロックの状態で携帯するのであれば、従来のシングルアクションと何も変わらなくなってしまうからだ。
デコッキング・レバーが無いのであれば、ハンマーを指で押さえ、トリガーを引き、ハンマーが勢いよく前進しないように注意しながら静かにハンマーを完全に前進させなければならない。これはシングルアクションの時代でもおこなわれていたことで、いわゆるコンディション2とよばれる携帯方法だ。
しかしこれは注意深くおこなう必要がある。うっかりハンマーを押さえた指が滑ってハンマーを勢いよく前進させてしまうと、慣性作動型のファイアリング・ピンがプライマーを叩き、暴発事故になる。
かつて、注意深くおこなうハンマーダウンは、当たり前の事だった。道具は使い方を間違えると事故を起こす。このハンマーダウン・テクニックを使いたくないという場合は、チャンバーは常に空にしておくか、コック&ロックとするかのどちらかとすることが当然だった。
だがダブルアクションを搭載した以上、ハンマーダウンをより簡単にできるものであって欲しいという欲求が出てくる。
ワルサーPPがダブルアクション・セミオートマチックの時代を切り開き、その段階で既にデコッキング・レバーが搭載されていた。
戦後、S&Wがワルサーを真似てM39を開発した時も、ワルサーほど凝ったものではなかったが、デコッキングレバーを搭載した。
ワルサー方式の問題点は、マニュアル・セフティとデコッキングを共通のものとしたところにある。もちろんこれは、シンプルな操作性を維持するためには正しい選択だったともいえる。しかしその結果、コック&ロックはできなくなった。
イタリア警察から、デコッキングレバー搭載の要求が出てきたということは、コック&ロックよりもデコッキング機構を持つことを重視したということができる。
現実問題として、いくらテロや誘拐が頻繁に起こる社会の警察関係者、警備関係者であっても、しょっちゅう銃を撃っているわけではない。勤務中に現場で発砲する機会など1生に1度あるかないかだ。それならコック&ロックで臨戦態勢をとり続けていることは、精神的にかなり無理がある。
ダブルアクションを搭載したので、チャンバーにロードしておけばハンマーをダウンさせていても、瞬時に発砲できるようになった。それならハンマーは通常はダウンさせておきたい。毎日、弾を装填する時、ハンマーを指で押さえて慎重にトリガーを引く事は面倒だし、注意を怠れば暴発させる可能性は常にある。デコッキング・レバーがあれば、レバー操作だけでハンマーを安全に前進させることができる。
のちに登場する数々のダブルアクション・セミオートマチックも、殆どはデコッキング・レバーを標準装備とした。世の趨勢はジェフ・クーパーの感覚とは明らかに違う方向に向ったわけだ。
イタリア警察のこの要求に応えたものが、1977年に登場したM92Sだ。フレームにマウントされていたセフティレバーはスライド側面後方に移され、デコッキング機能が加わった。ワルサーP−38,S&W M39,M59と同じ形式になった。
XM9サービス・ピストル・トライアル
1978年頃、アメリカ空軍が中心となって、新型ピストルの採用を検討しはじめた。JSSAP(Joint Service Small Arms Program)だ。もともと空軍はM1911A1以外のピストルも平行して使用していた。S&W M39やコルトやS&Wの38口径リボルバーなどだ。
陸軍などと違い、銃を使った戦闘はほとんど考えない空軍は、ピストルも軽くて小型のものを採用する場合が多い。45口径へのこだわりも薄く、9mm口径であってもほとんど問題としていない。しかしアメリカ軍全軍も第二次大戦後、NATOスタンダードである9mmパラベラムを使うピストルへの切り替えを模索しており、このトライアルへの注目は高かった。
この空軍トライアルに対応して、各社最新型の9mmパラベラムピストルを提出したが、9mmパラベラム、ダブルアクション&ダブルカアラム・マガジンというコンセプトで参加出来るメーカーはまだ限られていた。
コルトはこのトライアルに参戦すべく、新開発のSSP(Stainless Steel Pistol)を送り込んだ。
FNも従来のハイパワーをダブルアクション可させたHP-DAと、ダブルアクションとは異なる新しいコンセプトのトリガーシステムを持ったHP-FA(Fast Action)を登場させた。
HKは従来のP9Sと、プラスチックフレームのVP-70Zを送り込んだが、P9Sはシングルカアラムで目指すコンセプトとは違うし、VP-70Zは斬新ではあってもダブルアクションオンリーという問題があった。
スペインのボニファシオ・エチェベリア社はSTAR M28を開発して参入した。
S&WはM59の改良型M459を開発した。アメリカのピストルメーカーであるS&Wにとって、たとえ空軍を対象としたものであっても、アメリカ軍制式ピストルの座は何としても取りたいものだ。M39や38口径リボルバーは少数採用されているものの、それらは数量的に限定されたものだ。
ベレッタはM92Sに対してマガジンキャッチの位置をトリガーガード基部のフレーム側面に移し、デコッキングレバーを左右に付けたM92S-1へマイナーチェンジをおこない、アメリカ的嗜好により近づけたものを提出した。
1980年、アメリカ空軍はトライアルに参加したS&W M459, コルトSSP, FN HP-DA, FN HP-FA, ベレッタ M92S1, HK P9S, VP-70Z, スター M28の中からベレッタM92S-1がもっとも優れているという結論に達した。
しかしこのトライアルはその目指すゴールが拡大し、アメリカ軍全軍がM1911A1に代わるピストルを選定しようということになった。これにより、ベレッタを最優秀とする空軍の結果は白紙還元されてしまった。
ベレッタの評価は、最優秀であったが、錆び易い、そして暴発の危険があるという判定だった。しかしこれはベレッタとしては納得できかねるものだった。他の市販ピストルやM1911A1と比較してもベレッタが特に錆び易いということもないし、セフティはOnにしている限り暴発はあり得ない設計だった。
しかしこの結果を受けてベレッタはM92S−1の改良型M92SBを開発した。セフティにはオートマチック・ファイアリング・ピン・ブロックを設け安全性を限界まで高めた。
こうしてベレッタはトライアルの再開を待った。
1981年U.S.Army Armament Material Readiness Commandはアメリカ軍次期制式ピストルの要求スペックをメーカーに開示した。これがXM9ピストル・トライアルである。要求スペックの主要な部分は以下の通りだ。
口径:9mm×19(9mm Parabellum)
全長:8.7inch(221mm)以下
全高:5.8inch(147mm)以下
重量:2.77lbs.(1.26kg)以下 フルロードマガジン込み
バレル:4inch(101.6mm)以下
チャンバー及びボアはハードクローム・プレーティッド
ライフリング・ツイスト:1-20”以下
マニュアル・セフティ:ファイアリング・ピンを確実にロックし、デコッキングメカニズムを備え、左右どちらの手でも、片手で容易に操作ができること
マガジン・セフティ:なし
トリガープル:シングル 4lbs.(1.82kg)以上、5lbs.(2.27kg)以下
ダブル 8lbs.(3.63kg)以上、14lbs.(6.36kg)以下
マガジン:10発以上装填可能であること。できれば15発以上が望ましい。マガジン・キャッチを押すと、マガジンが自重で落下すること。
スライド:全弾発射後、スライドは開いたまま停止すること、スライドストップレバーはマニュアル操作可能であるか、あるいはアモを装填したマガジンを挿入したら自動的に閉鎖するかのいずれかの機能を有すること。
精度:50mで10発射撃した時のグループサイズは1.4inch(35.5mm)以下であること。
その他:ロックタイトなど緩み防止剤を使用せずに5000発を発射して、パーツ等の緩みがないこと。
フィールド・ストリッピングはツールを使用しないで容易にできること。
外装パーツは防錆処理がなされていること。
5000発以上、トラブルなく機能すること。10万発ノントラブルであることが望ましい。
チャンバーロード・インジケーターを有すること。トリガーガード前面に指掛けを設けることレストを設けること。
トライアルテスト用として銃本体を30挺を提出すること。なおマガジンは360個用意のこと。
以上が主な項目だ。精度の項目はかなり厳しいものがある。また10万発射撃してトラブルフリーということも厳しい条件だ。この2点を除けば、現在ではこれらの項目を概ね満足するモデルが多数ある。しかし、1981年当時、これはかなり厳しい要求項目だった。
XM9ピストル・トライアルの参加申し込みの締め切りは1981年8月15日、トライアル開始は9月15日とされたが、申し込みをおこなったのは、ベレッタ、S&W, H&K、SIG SAUER, コルトの5社だけだった。
しかしトライアルの開始日にテストサンプルを完全に用意できたのはベレッタとS&Wだけで、H&KはP7の10発マガジン試作モデルと、13発マガジンを持つP7M13の試作モデルを提出したが、規定の30挺を揃えることができなかった。SIG Sauerも要求条件を満たすモデルは間に合わず、コルトも図面しかない状態だった。
結局、この時点でトライアルは延期となった。U.S. ArmyArmament Material Readiness Commandが数多くの候補モデルを集めてテストしたかったからだといわれている。
1981年11月、XM9トライアルが再開、このときの候補はベレッタ M92SB, S&W M459A, SIG P226, HK P7M13だった。トライアル延期の結果、SIGがついにP226を完成させて登場したし、HKもP7M13を揃えている。
しかし1982年2月の結果発表では、要求を完全に満足させるモデルは無かったとして、次期制式ピストルの決定はお流れとなってしまった。
1983年、ベレッタはM92SBに更なる改良を加え、トリガー・ガードもスクエアタイプとし、よりアメリカ軍の要求スペックに近いモデルM92SB-Fを開発した。
ワルサーはP-38の流れをくむP-5を展開していたが、コスト的に勝負にならない上に要求スペックを全く満たさないため、全くの新規設計モデルとしてP88を開発した。トライアル参加を目指したが、コスト的に厳しいと判断し、1983年、トライアル参加中止を決定した。
1984年、トライアルが再開、このときの参加モデルはベレッタM92SB-F, S&W M459A, SIG-Sauer P226, H&K P7およびPM13, Steyr GB, FN ADAとなった。ディレード・ブローバックのステアーGBが加わり、FN HP-DAはADAの名前で再度挑戦してきた。
スターム・ルガーはトライアルに向けて製品を開発していたが、結局間に合わなかった。アメリカ軍制式ピストル・トライアルは長期間に及んだが、これがXM9 Service Pistol Trial(SPT)の最終テストとなった。このテストではHKとS&Wが途中で敗退している。HK P7はスクイズ・コッキングで厳密な意味ではダブルアクションではなく、その独特な操作性がマイナス評価につながったと解釈できる。一方のS&Wはトライアルの初期の段階から参加し、ベレッタと共に常に有力候補だった。そのS&Wがここに来て敗退してしまった事に対し、S&W社はこの決定を受け入れず、テストは公平では無かったとしてマサチューセッツ州連邦裁判所に告訴した。H&Kも同様に告訴をおこなっている。
最終的にはベレッタM92SB-FとSIG Sauer P226の2機種が最有力となり、両社はアメリカ合衆国全軍に対する納入価格を提示することになった。XM9SPTの1挺の予定価格は180ドルでしかなかったという。
12月19日、テスト結果が発表され、アメリカ軍次期制式ピストルが決まるはずだったが、この発表は延期された。S&WおよびH&Kがこのトライアルに対する告訴をおこなっている以上、結果の発表を予定通りおこなうことは得策ではないと考えられたためだといわれている。
アメリカ軍の次期制式ピストルを発表しても、裁判所がその後に一連のトライアルを不公平なものであったと認めれば、結果を発表したことに対するダメージは大きい。
この時、SIG社はXM9ピストルに選定されると確信していたらしい。トライアルの初期から常に最有力であったベレッタに対し、最終テスト間際になって戦いを挑んだSIGはP226に絶対の自信を持っていた。
U.S. ArmyArmament Material Readiness CommandはXM9トライアルを検証し、そこにはS&WやH&Kの主張する不公正は無かったことを確認し、1985年1月14日、次期アメリカ軍制式軍用ピストルを発表した。ベレッタM92SB-Fである。ベレッタは10年近くに及ぶ長いレースを制し、遂にM1911A1ピストルの後任としての地位を手に入れたのだ。
軍制式名称M9ピストル、コマーシャル名はM92SB-Fを簡略化してM92Fとなった。
SIGはこの発表がおこなわれたその日まで、P226が制式採用となることを確信していた。SIGのアメリカ総代理店はインターアームズだったが、1984年末、代理店契約を解消してSIG Arms社をアメリカに設立した。アメリカ軍に制式採用となれば、公的機関や民間市場に対しても大きなビジネスが期待できる。
1985年1月13日に始まったSHOT SHOWのSIG ARMSのブースには、大きなポスターが掲げられていた。P226のシュリエットに星条旗をあしらったものだ。アメリカ軍制式ピストルを思わせるそのポスターのもと、SIG ARMSのブースは大いに賑わっていた。
しかし、その翌日、ベレッタ採用のニュースが伝わり、SIG ARMSのブースからは、そのポスターが外され、一転として暗いムードに包まれた。
批判とトラブル
この決定に納得のできない人は少なくなかった。ピストルとしての完成度や操作性を考えるとSIG P226の方が優れているという意見だ。
優れているはずのSIG P226を選ばず、ベレッタを採用したことには裏の事情があるという噂は瞬時に広まった。
1. SIG/Sauerはスイスと西ドイツの合作だが、スイスは永世中立国でNATOの一員ではないことが理由で選定されなかった。
2. アメリカがイタリアに戦略ミサイル基地を建設するにあたり、イタリアに対する配慮としてイタリア製ベレッタを採用した。
これらがベレッタが採用された理由であると言われた。それが事実なら、XM9は政治的な思惑で決定したのであり、純粋にピストルとしての優劣で決定したのではないということになる。
この説がどこまで正しいかは判らない。実際問題として純粋に性能比較だけで選定されるほど、単純ではないことは確かだ。小国の制式モデルを選定するのではない。様々な思惑や利害が絡む。
1982年の段階でアメリカ軍は41万挺を超えるM1911A1を保有していた。これを更新するという事は間違いなくビッグ・ビジネスだ。ベレッタが陸軍と交わした契約は315,930挺というものだ。この数はその後、さらに拡大し321,260挺に修正された。
アメリカ軍の制式ピストルという肩書きは、コマーシャル・マーケットにおいても絶大な効果がある。たとえアメリカ軍への納入を原価でおこなったとしても、コマーシャル・マーケットで利益を稼ぎ出すことはできるし、アメリカに追従する形でベレッタを採用する国も出てくるはずだ。警察関係にも有利に売り込みができる。
事実、ベレッタM92Fがアメリカ軍に採用されてまもなく、フランスのジャンダルム(Gendarmerie Nationale)用としてベレッタが採用された。フランス仕様はデコッキング・レバーを操作してハンマーをダウンさせると、レバーはそのままの位置で止まらず、自動的にready to fireポジションに戻る機能を持っている。これはPA MAS G1と名付けられてフランスのMASが110,000挺製造するライセンス契約が結ばれた。
またアメリカ国内の公的機関でも、従来のリボルバーを止めてベレッタM92Fを採用する動きが活発になってきた。
ベレッタがこのゴールド・チケットを獲得したことは、他のメーカーから見れば面白い事であるはずはない。だから落選したメーカーが、ベレッタを妬んだとしても不思議はない。
その上、下馬評では有利だったSIGを押さえ、ベレッタに決まったわけだ。そのことが疑惑を増殖させ、ベレッタに決定したことに対する批判の声は、いっこうに静まる気配はなかった。
実際問題としてSIG P226は非常に優れていた。高い射撃精度を持ち、デコッキングレバーだけでマニュアルセフティを排したデザインは多くの人達を魅了した。ベレッタも、セフティをonとして、ハンマーをデコッキングさせ、その後、セフティレバーをoffに戻しておけば緊急時にトリガーを引くだけで対応できる。しかしセフティレバーを元に戻すことを忘れて、セフティオンのままであれば、トリガーを引いても発射することは出来ない。セフティはoffになっていると思い込んでいたシューターは大いに動揺することになるだろう。SIGであればこのようなことはない。チャンバーにアモを入れ忘れていない限り、トリガーを引けば確実に発射できる。
この確実性、操作のシンプルさはM9、およびベレッタM92Fには無い。ベレッタは部品点数も多く、グリップも太い。デザインはイタリアらしく優美な外観を持っている。それに対してSIGはシンプルで質実剛健だ。
反面、ベレッタはセフティオンで携帯することができる。SIGにはマニュアルセフティがない。トリガーを引く前に、セフティを解除するというワンアクションを設けたベレッタの方が安全性は高い。即応性に劣ったとしても安全性を重視する考え方もある。
(補足:フランスのPA MAS G1はマニュアル・セフティはない。ベレッタM92GはMASと同じ自動復帰レバーを採用しており、その点ではSIGと同様だ。SIGは右手でしか操作できないが、M92Gは左手でも操作できるといった点ではベレッタの方が優れている)。
実際問題として、軍隊というところは雑多な人間の集まりだ。エリート部隊であれば訓練は行き届くが、一般兵士となると錬度は低い。うっかりトリガーを引いてしまって暴発させる兵士はいくらでもいる。そういう場合、マニュアルセフティがあった為に、暴発させずに済んだという場合もある。
ベレッタにも利点はあったというわけだ。SIGの方が射撃精度も高いが、軍用ピストルは競技用ではない。25ヤードで敵を倒せれば合格であり、25ヤードからのグループが2インチ以下でなければいけない、といったことはない。
アメリカ軍はベレッタを選定したが、これは間違いではない。SIG P226もベレッタもどちらも厳しいトライアルに合格した極めて優秀なセミオートマチックだといえる。
ところが、ベレッタはその後、問題を起こした。スライドの破断事件だ。
事件は1987年9月に発生した。ベレッタを射撃中、スライドが破損し、ちぎれたスライドがシューターの顔面をめがけて飛んできたのだ。
同じ事故が1988年1月と2月にも1件ずつ発生した。被害者はいずれも海軍のNavy Special Warfare Groupのメンバーだ。
この事故は大きく報じられ、ベレッタの選定を好ましく思わなかった人々を勢いづけた。「それ見たことか!」というわけだ。ベレッタ欠陥論が渦巻く中、事件が一箇所で集中して起こったことが話を複雑にした。M9を気に入らないグループや組織が、故意に強装弾を使用し、ベレッタのスライドを破損させたという説だ。
3件に事故ではいずれもスライド後部がちぎれ、シューターは顔面に怪我を負っている。死亡したという誤情報も流れたが、実際には怪我だけで済んでいた。
実は陸軍でもM9のスライド破損事故は起こっている。いずれもテストラボでの事だ。
アメリカ軍はこの事故発生を重視し、ベレッタM9のスライド破損状況を調査した。破損事故は合計14件が発生し、そのうち11件は実験室で発生していた。実験室以外の事故例は3件で怪我人が出たのもその3件のみに限られている。
この一連の問題により、アメリカ軍は事故の未然防止の為、M9は3,000発使用した段階でスライドを交換するように指示をだした。
しかし、まもなく事故原因はスライド製造過程の不具合による強度不足によるものという結論が出た。事故はいずれも強装弾を繰り返し使用した結果ではなく、NATO制式弾M882により発生していたといわれている。
ベレッタM9のスライドは構造的に弱かったわけではない。耐久性が低くてはアメリカ軍のテストトライアルを勝ち抜けなかったことはいうまでもない。何らかの理由でじゅうぶんな硬度とならないスライドが出荷されてしまったというわけだ。
事故を起こしたスライドはいずれもイタリアで製造されたものだった。M9がアメリカ軍制式ピストルに採用された際、ベレッタは全ユニットをアメリカ国内で製造すると合衆国政府に対してコミットしている。事故発生の時点で、すでにフレームはアメリカ製だったが、スライド製造はまだおこなわれていなかった。
結局、この事故は製造工程上の問題と結論が出た。1988年4月、ベレッタはM9の全ユニットをアメリカ(メリーランド州アーコキィーク(Acckeek)のBeretta..U.S.A.)で製造することとし、スライドの強度をじゅうぶんなものとする製造工程の見直しを実施した。
もともとこのロッキングラグが噛み合うスライド側面部分は肉が薄く、強度的に問題となりそうな部分ではあった。熱処理上でもこの形状は難しさが伴う。しかし適切な熱処理によりじゅうぶんな強度を確保できる。
この対策によりベレッタM9のスライド破損事故は解決した。
トラブルは解決をみたが、ベレッタM9に対する不満は決して消えたわけではない。そのため1988年、XM10トライアルが開始された。これは事実上、XM9トライアルを再度実施しようというものだ。
ベレッタはこのXM10トライアルの必要性を認めず、サンプルの提出を拒否した。すでにXM9トライアルで結論が出ている事を再度、繰り返すことには意味がないというわけだ。同様にSIG Sauerもサンプル提出を断った。理由はベレッタと同じだ。すでにテストはおこなわれ、ベレッタM92FとSIG P226は性能的に合格しているのだ。
XM9トライアルの際、途中敗退したS&WはM459Aを持って再挑戦してきた。そして先のトライアルに間に合わなかったルガーはP85を提出した。ベレッタはテストモデルの提出を拒んだが、既にアメリカ軍内部に大量のM9ピストルがあるため、そこから無作為にテストモデル30挺が集められた。
こうしてXM10トライアルは3種類の9mmピストルにより競われることになり、結果、ベレッタM92Fが再び選択された。S&Wはトラブルを起こして敗退、ルガーは問題が無かったが、すでに配備が進んでいるM9を切り替えるほどの価値はないと判断されたのだ。
この結果をふまえて、1989年5月、ベレッタUSAはさらに57,000挺のM9をアメリカ軍より受注した。
おなじく1989年、ベレッタは万一、M92Fのスライドが破損し、後部が千切れたとしても、スライドカバーが後方に飛び出すことがないようにする対策をおこなった。フレームにハンマーを取り付けているハンマーピンのヘッド部分を拡大し、その部分がスライド左後部に噛み合うようにしたのだ。
もしスライドカバー後部が千切れて、後方に飛び出そうとしても、スライドが通常より後ろの位置に来た瞬間、ハンマーピン・ヘッドによりレールから強制脱輪しスタックする。
これにより、スライド後部がちぎれてもそれ以上、後ろには移動できない。この対策を施したモデルは通常M92FSと呼ばれた。アメリカ軍制式ピストルM9もこのM92FS仕様に切り換わった。
ベレッタM9は一連のスライド破損事故以降、スライド強度に関する不具合事例はない。もちろん一時期、出されていた3,000発発射後にスライド交換するといった通達は取り下げられている。
ベレッタは1994年、スライドのロッキングリセスの部分を補強したBrigadierモデルを市場に投入した。すでにスライド破断事故は解決し、標準スライドがXM10再テストにも合格していた。それはすなわち、10万発の使用に耐えるという意味だ。しかし、一旦できたマイナスイメージを覆すことは難しかったのだろう。強化スライドの投入でタフなモデルであることを強調したかったのかもしれない。その後も、この強化スライドは92G Elite やElite II, 92 Stock等にも利用され、92G Elite IAに継承されていく。これに平行してノーマルスライド・モデルも継続使用され、現在につながっている。
Final Notes
アメリカ軍制式ピストルとして採用されてから20年, ベレッタ92シリーズをベースにした多数のモデルが市場に投入されてきた。ダブルアクション・オンリーのモデルもあれば、オリジナルM92の持っていたコック&ロックを可能にしたstockモデルもある。マニュアルセフティを排し、デコッキングレバーを自動復帰式としたGシリーズ, スチールフレームとして耐久性を高めたSteel Iも生産されている。40S&Wや9mm×21IMIに対応したモデル、コンパクト仕様もある。
一般的にベレッタM92シリーズに対するプロフェッショナル・シューターの評価はあまり高くない。必ずしもベレッタがダメなのではない。彼らがピストルの限界性能を引き出そうとした時、その手に握られるモデルはベレッタであるという積極的な理由が希薄なのだ。
それでもベレッタは一般的な兵士のサイドアームとして極めて優秀だ。採用当初は、選定にまつわる疑惑や、スライドの破断事故等で紆余曲折があったが、その逆風を跳ね返して現在も制式の座を追われてはいない。
ベレッタはM92シリーズの後、新たにロティティング・バレルを持つクーガー(Cougar) M8000シリーズを市場投入した。M92系と多くの部分で重なる仕様を持つモデルで、伝統のオープントップ・スライドを捨てている。小型化に限界があり、また45口径化も困難なM92系の欠点を補うモデルであったが、市場の評価は芳しいものではなかった。
その後、大幅なコンパクト化を目指したベレッタ初のポリマーフレーム・ピストルM9000では、ティルトバレルを採用しつつもオープントップ・スライドに戻した。しかしこれも失敗作だといわれている。
そしてM9決定から20年が経過した2005年初頭、ベレッタはポリマーフレームを採用した新しいモデル PX4 Stormを登場させる。これはフルサイズ・ピストルで、M92系を確実に過去のものとする可能性を秘めた新しいモデルだ。今回、またもオープントップ・スライドを捨てている。
ポリマー・フレームで、バックストラップは交換式だ。ハンマー・デコッキングとマニュアルセフティを組み合わせたType F, ダブルアクション・オンリーのType D, ハンマーデコッキングのみでマニュアルセフティを排したType G,コンスタントアクションでスパーレスハンマーを搭載したType Cがある。9mmパラベラム仕様でマガジンはノーマル状態で17発、エクステンデッド・マガジン・ボトムを組み合わせると20発を装填できる。
このスペックはGlock, H&K, SIGなど現在市場にあるコンペティターに真っ向から勝負を挑むものだ。
このモデルは2005年のSHOT SHOWで発表される。ロティティング・バレルを持っているように見えるところから推測すると、これはクーガーM8000の改良型だ。
かつてM1911がアメリカ軍に採用されたコルト社は、その後に続くセミオートマチック・ピストルの開発を怠った。ベレッタは同じ轍を踏むことはないだろう。PX4 Stormがどのような形で市場に受け入れられるかはまだ判らないが、ベレッタは92系を自ら過去のピストルとすべく積極的な活動を続けている。ベレッタはこの20年、決して惰眠をむさぼっていたわけではない。
Jan.14, 2005
Revise Jan.20,2005
Satoshi Maoka
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